芥川龍之介賞(以下芥川賞)は文藝春秋社を興した菊池寛が創設した賞で、芸術性を踏まえた一片の短編あるいは中編作品に与えられる文学賞です。
1935年に直木三十五賞(直木賞)とともに創設し以降7月(前年12月~5月・上半期)と1月(前年6月~11月・下半期)の年2回発表される(第二次世界大戦中の1945年~1948年は中断)。新人作家による発表済みの短編・中編作品が対象となり、選考委員の合議によって受賞作が決定されます。
菊池「池谷、佐々木、直木など、親しい連中が、相次いで死んだ。身辺うたゝ荒涼たる思いである。直木を記念するために、社で直木賞金と云うようなものを制定し、大衆文芸の新進作家に贈ろうかと思っている。それと同時に芥川賞金と云うものを制定し、純文芸の新進作家に贈ろうかと思っている。これは、その賞金に依って、亡友を記念すると云う意味よりも、芥川直木を失った本誌の賑やかしに、亡友の名前を使おうと云うのである。」(「話の屑籠」『文藝春秋』直木三十五追悼号)
菊池「芥川賞はある意味では、芥川の遺風をどことなくほのめかすような、少くとも純芸術風な作品に与えられるのが当然である。」(「話の屑籠」『文藝春秋』1935年2月号)
(関連書籍の読書ブログはコチラ👇)
菊池寛「半自叙伝/無名作家の日記」
久米正雄「久米正雄作品集」
川端康成「少年」
室生犀星「二魂一体の友」
小川洋子・奥泉光・川上弘美・川上未映子・島田雅彦・平野啓一郎・松浦寿輝・山田詠美・吉田修一
- 芥川受賞作品 2024年~2010年
- サンショウウオの四十九日 朝比奈 秋 2024年上半期 (単行本)
- バリ山行 松永K三蔵 2024年上半期 (単行本)
- 東京都同情塔 九段 理江 2023年下半期(単行本)
- ハンチバック 市川 沙央 2023上半期(単行本)
- 荒地の家族 佐藤 厚志 2022下半期(単行本)
- この世の喜びよ 井戸川射子 2022下半期(単行本)
- おいしいごはんが食べられますように 高瀬 隼子 2022上半期(単行本)
- ブラックボックス 砂川 文次 2021下半期
- 貝に続く場所にて 石沢 麻依 2021上半期
- 彼岸花(ひがんばな)が咲く島 李 琴峰 2021上半期(単行本)
- 推し、燃ゆ 宇佐見 りん 2020下半期
- 首里の馬 高山 羽根子 2020上半期
- 破局 遠野 遥 2020上半期
- 背高泡立草(せいたかあわだちそう) 古川 真人 2019下半期
- むらさきのスカートの女 今村 夏子 2019年上半期
- ニムロッド 上田 岳弘 2018下半期
- 1R(いちらうんど)1分34秒 町屋 良平 2018下半期
- 送り火 高橋 弘希 2018年上半期
- 百年泥 石井 遊佳 2017年下半期
- おらおらでひとりいぐも 若竹 千佐子 2017年下半期
- 影裏(えいり) 沼田 真佑 2017年上半期
- しんせかい 山下 澄人 2016年下半期
- コンビニ人間 村田 沙耶香 2016年上半期
- 異類婚姻譚(いるいこんいんたん) 本谷 有希子 2015年下半期
- 死んでいない者 滝口 悠生 2015年下半期
- 火花 又吉 直樹 2015上半期
- スクラップ・アンド・ビルド 羽田 圭介 2015上半期
- 九年前の祈り 小野 正嗣 2014下半期
- 春の庭 柴崎 友香 2014上半期
- 穴 小山田 浩子 2013下半期
- 爪と目 藤野 可織 2013上半期
- abさんご 黒田 夏子 2012下半期
- 冥土めぐり 鹿島田 真希 2012上半期
- 共喰い 田中 慎弥 2011下半期
- 道化師の蝶 円城 塔潤 2011下半期
- 苦役列車 西村 賢太 2010下半期
- きことわ 朝吹 真理子 2010下半期
- 乙女の密告 赤染 晶子 2010上半期
芥川受賞作品 2024年~2010年
サンショウウオの四十九日 朝比奈 秋 2024年上半期 (単行本)
story:同じ身体を生きる姉妹、その驚きに満ちた普通の人生を描く、芥川賞候補作。周りからは一人に見える。でも私のすぐ隣にいるのは別のわたし。不思議なことはなにもない。けれど姉妹は考える、隣のあなたは誰なのか? そして今これを考えているのは誰なのかーー三島賞受賞作『植物少女』の衝撃再び。最も注目される作家が医師としての経験と驚異の想像力で人生の普遍を描く、世界が初めて出会う物語。 (出版社より)
国の天然記念物に指定されているオオサンショウウオ。かつては食用だったこの両生類を『はんざき』と呼ぶ地域があるそうです。その由来は、半分に裂かれても生きているという言い伝えから来ているのだとか。
この物語の主人公・杏と瞬は、体は1つ、意識と人格は2つの結合双生児の姉妹。完全にくっついた体は周りからは一人に見えるため、どちらか一人の人格のみしか認識されなかったり、あえて一人の普通の人間として振る舞ったりすることもしばしば。ある日、陰陽図を目にした杏は、白と黒のサンショウウオがお互いを食べようと回っている絵のように見えて…。
心理的には個人であるが、身体的には個人ではない。では、何をもって個人というのか。
まるきりSFとも言えない設定に、個人のアイデンティティや尊厳、幸福な人生とは何かについて考えさせられました。
アンコンシャス・バイアスを解き放つ一冊。
バリ山行 松永K三蔵 2024年上半期 (単行本)
story:第171回芥川賞候補作。古くなった建外装修繕を専門とする新田テック建装に、内装リフォーム会社から転職して2年。会社の付き合いを極力避けてきた波多は同僚に誘われるまま六甲山登山に参加する。その後、社内登山グループは正式な登山部となり、波多も親睦を図る目的の気楽な活動をするようになっていたが、職人気質で職場で変人扱いされ孤立しているベテラン社員妻鹿があえて登山路を外れる難易度の高い登山「バリ山行」をしていることを知ると……。(中略)会社も人生も山あり谷あり、バリの達人と危険な道行き。圧倒的生の実感を求め、山と人生を重ねて瞑走する純文山岳小説。(出版社より)
登山において一般ルートとは異なり、登山道としてトレースされない道をバリエーションルートと言うそうです。難易度の高いルートをクリアした熟練者が、より自由に山を味わうため、登山の総合的な技術でもってディープな冒険を楽しむのだとか。
今では一般登山道とされている全56キロのトレイルコース「六甲縦走路」も、もともとは単独行のパイオニアである不世出の登山家・加藤文太郎が編み出したバリエーションルートでした。
街の喧騒から離れ、自然を満喫し、リフレッシュする。登山の魅力はそういったことにあるのではないでしょうか。主人公が最初に感じた登山の醍醐味も同じで、大パノラマの絶景や、仲間と共有する非日常に興味をそそられました。一転して「バリ山行」の描写は、登山というには過酷で狂気めいています。遭難時の死を感じる恐ろしさがありながらも、進んでいくうちに五感がどんどん研ぎ澄まされていくような不思議な感覚がありました。
「一体何が楽しくて…」の気持ちは主人公と同じですが、その人の「核」となるものが見えた気がします。自分らしさを見つける一冊。
東京都同情塔 九段 理江 2023年下半期(単行本)
story:日本人の欺瞞をユーモラスに描いた現代版「バベルの塔」。ザハの国立競技場が完成し、寛容論が浸透したもう一つの日本で、新しい刑務所「シンパシータワートーキョー」が建てられることに。犯罪者に寛容になれない建築家・牧名は、仕事と信条の乖離に苦悩しながら、パワフルに未来を追求する。ゆるふわな言葉と実のない正義の関係を豊かなフロウで暴く、生成AI時代の預言の書。(出版社より)
犯罪者にも人権はある。様々な議論を呼ぶテーマが多様性社会と絡み合って、思想の新境地を開く。「礼儀正しく優しい日本人」と海外から賞賛を浴びるこの国の人々は、別の角度から見ると全くの理解不能な民族集団に写っているのだろうか。個性を尊重しつつ、平等で平和な社会を目指す日本。理想に近づきつつあるように見えるが、実は離れて行っているのかも知れない。社会に従順過ぎる我々はまだ気づいていないのかも知れない。潔癖な正義感に振り回され、自分の言葉を持たなくなっていく日本人の姿が見え、思わず身震いをする。
この作品は、全体の5%に生成AIの文章そのままが使用されているとのことで、斬新で面白い。この新しい試みにより、作家の理論整然全としたの文章との違いが比べられ、果たして近い将来、生成AIの作家は誕生するのかとの議論に思いを巡らせてしまう。
日本の行く末を考えさせられる、皮肉とユーモアに溢れた一冊。
ハンチバック 市川 沙央 2023上半期(単行本)
story:重度障害者の井沢釈華は、十畳の自室からあらゆる言葉を送り出す。圧倒的圧力&ユーモアで選考会に衝撃を与えた文学界新人賞受賞作。第169回芥川賞受賞。(「BOOK」データーベースより)(「BOOK」データベースより)
私は神の本を憎んでいた。
TVやラジオ、インターネット、様々なメディアで取り上げられ、話題になったこの言葉は、2023年上半期の芥川賞を受賞したハンチバック』の中の一文。
この物語は障害者の赤裸々な気持ちが綴られており、加えて、著者も難病の「先天性ミオパチー」であることから、社会性のある作品として多くの人の関心を集めています。
ページをめくると冒頭から過激な内容が目に飛び込んできて、驚かされます。主人公のひねくれた思考であったり、斜に構えた態度であったり、他者への軽蔑だったり。人間としての負の部分を包み隠さず、同情を誘うことなくあっけらんと描かれていて、強いメッセージを感じられるでしょう。
障害があるだけで、その中身は健常者と何ら変わることがない。そう気づかせてくれる一冊です。
荒地の家族 佐藤 厚志 2022下半期(単行本)
現役書店員でもある佐藤厚志の芥川賞受賞作品。
著者は地元宮城で東日本大震災を経験。日常を小説にするときに、風景として震災が入ってくるのは自然なことだと語っています。
あの災厄から十年余り。しかし、その土地の住民にとって、あの災厄の爪痕はいつまでも消えない傷として心にわだかまりを残しています。
植木職人の坂井祐治は一人親方として仕事に精を出す毎日ですが、心の内には後悔や不安を抱えていました。家族のために苦しい日々を乗り越えようとしますが、なかなかうまくはいきません。そんな時、偶然に再会した友人の変わり様を目にして…
この物語に描かれているのは震災後のそこで暮らす人々の風景。とは言え、登場人物の抱えている問題に震災が起因しているわけではありません。ただ、ふとした時に忍び寄る無力感や停滞感を感じる描写から被災者の渇きがリアルに伝わってきます。心の奥に沈殿している「しこり」は彼らと同じ目線でその風景を見て初めてわかるもので、ニュースや新聞などが伝える復興とはかけ離れたものでした。
私達が知っておくべきことは何なのか。
ニュースや新聞などではわからない「心の復興」を描いた物語です。
もう少し詳しい本の紹介、感想はコチラ👉読書ブログ「荒地の家族」佐藤厚志
この世の喜びよ 井戸川射子 2022下半期(単行本)
詩人の顔も持つ井戸川射子の芥川賞受賞作品。
『この世の喜びよ』は、ショッピングセンターの喪服売り場で働く女性の心情を描いた物語。そこで出会う人々とのささやかな交流を通して湧き上がる「母」や「女性」としての生々しい感情を描いています。
この小説の一番の特徴は、主人公の女性を「あなた」と表現する手法が使われていること。これは二人称小説と呼ばれる珍しい書き方です。語り手が「あなた」と呼びかけることにより、読者自身が呼びかけられているような錯覚を起こさせます。主人公と同化して、心情が流れ込んでくるような感覚を味わうことでしょう。
また、主人公が相手との対話の中で、かつての自分が見た光景やその時の気持ちを思い出していく過程が丁寧に描かれています。一文一文に繊細さが感じられ、内面が浮き出る言葉はまるで詩のよう。話し言葉の緩急を表現するように言葉を区切ったり、感情を表すために句読点を置いていると思われる文章もあり、一つ一つの言葉が力強く、独特な文章のリズムが感じられます。
著者の感受性の強い表現は詩人なればこそ紡げる文章。
「母」のノスタルジーを感じられ、心に沁み込んでくる言葉が沢山ありました。
もう少し詳しい本の紹介、感想はコチラ👉読書ブログ「この世の喜びよ」井戸川射子
おいしいごはんが食べられますように 高瀬 隼子 2022上半期(単行本)
仕事ができる押尾さんは、彼女の先輩の芦川さんに対して良い印象を持っていません。弱々しい雰囲気のある芦川さんは仕事が出来ない上に、体の弱さを理由に定時で退社するからです。結果、誰かが残りの仕事を引き継ぐことに。いや、一番気に入らないのは、そんな芦川さんに社内の誰もが体調を心配し、気を使い、甘めの採点をしているところ。そんな押尾さんがちょっと気になる先輩、二谷さんも芦川さんの仕事の出来なさにいら立ちますが、反面そこがかわいいく、色気を感じてしまいますー。
この物語は、ままならない微妙な人間関係を「食べること」を通して描かれています。
仕事と恋と食事と、この複雑に絡み合った三人の物語はここから予想外の展開に。最後に笑うのは誰なのか。
ブラックボックス 砂川 文次 2021下半期
第166回芥川賞受賞作品。コロナ禍や宅配サービスなど現代社会が描かれている。
主人公のサクマは郵便物を自転車で届けるメッセジャーの仕事をして生活をしている。彼はその体力勝負の仕事に没頭しながらも、将来の不安から「ちゃんとしなきゃ」とSNSで転職先を検索する毎日を送っているが…
コロナ禍で新しい生活様式に変化していく世の中。そんな世の中に埋もれ、歯車の一部として搾取される若者の姿を描いている。ブラック企業の内情や、そこで働く若者の苦悩がリアルに伝わってくる。彼らの目を通して社会を見た時、この国はどういう風に映るのだろうか。
著者曰く「いい意味での怒りを感じながら書いていた」とのこと。
「労働者の怒りや叫び」や「劣悪な環境、貧困や格差社会」が描かれたこの小説は、現代のプロレタリア文学とも評されました。
貝に続く場所にて 石沢 麻依 2021上半期
第165回芥川賞受賞!第64回群像新人文学賞受賞のデビュー作。
コロナ禍が影を落とす異国の街に、9年前の光景が重なり合う。ドイツの学術都市に暮らす私の元に、震災で行方不明になったはずの友人が現れる。人と場所の記憶に向かい合い、静謐な祈りを込めて描く鎮魂の物語。
(群像新人文学賞 選評より)
記憶や内面、歴史や時間、ここと別のところなど、何層にも重なり合う世界を、今、この場所として描くことに挑んでいる小説 –柴崎友香氏
人文的教養溢れる大人の傑作
曖昧な記憶を磨き上げ、それを丹念なコトバのオブジェに加工するという独自の祈りの手法を開発した –島田雅彦氏
犠牲者ではない語り手を用意して、生者でも死者でもない「行方不明者」に焦点を絞った点で、すばらしい。清潔感がある。 –古川日出男氏(出版社より)
彼岸花(ひがんばな)が咲く島 李 琴峰 2021上半期(単行本)
【彼岸花の咲き乱れる砂浜に倒れ、記憶を失っていた少女は、海の向こうから来たので宇実と名付けられた。ノロに憧れる島の少女・游娜と、“女語”を習得している少年・拓慈。そして宇実は、この島の深い歴史に導かれていく。第165回芥川賞候補作。(「BOOK」データベースより)
推し、燃ゆ 宇佐見 りん 2020下半期
三島由紀夫賞を最年少で受賞した宇佐美りんの芥川賞受賞作品。
story:推しが炎上した。ままならない人生を引きずり、祈るように推しを推す。そんなある日、推しがファンを殴った。第164回芥川龍之介賞受賞。(「BOOK」データーベースより)
〈病めるときも健やかなるときも推しを推す〉
「推し」活に没頭する少女・あかりの姿や心情を描いた物語。
何をするにもうまく行かないあかり。辛い現実から逃れるかのように頭の中は「推し」のことで一杯。「推し」が炎上したことをきっかけに、見えてきたものと変化していくもの。短縮化された若者言葉の中に美しい情景描写が入り混じるの文章が特徴的で、少女の不安定さや違和感がより生々しく感じられます。
「推し」が全ての彼女はどうなってしまうのか?
「推し」がいる人は共感できる部分も多いのではないでしょか。SNS時代の若者のリアルを感じられる物語です。
首里の馬 高山 羽根子 2020上半期
この島のできる限りの情報が、いつか全世界の真実と接続するように。沖縄の古びた郷土資料館に眠る数多の記録。中学生の頃から資料の整理を手伝っている未名子は、世界の果ての遠く隔たった場所にいるひとたちにオンライン通話でクイズを出題するオペレーターの仕事をしていた。ある台風の夜、幻の宮古馬が庭に迷いこんできて……。世界が変貌し続ける今、しずかな祈りが切実に胸にせまる感動作。(出版社より)
破局 遠野 遥 2020上半期
私を阻むものは、私自身にほかならない。ラグビー、筋トレ、恋とセックスーふたりの女を行き来するいびつなキャンパスライフ。28歳の鬼才が放つ、新時代の虚無。第163回芥川賞受賞。(「BOOK」データベースより)
背高泡立草(せいたかあわだちそう) 古川 真人 2019下半期
草は刈らねばならない。そこに埋もれているもは、納屋だけではないからー。長崎の島に暮らし、時に海から来る者を受け入れてきた一族の、歴史と記憶の物語。第162回芥川賞受賞作。(「BOOK」データベースより)
むらさきのスカートの女 今村 夏子 2019年上半期
17言語23か国・地域で翻訳出版されている芥川賞受賞作品。著者の今村夏子はこの他、太宰治賞や三島由紀夫賞など数々の文学賞を受賞しています。
近所に「むらさきのスカートの女」と呼ばれている異様な存在感を放つ女性がいるらしい。彼女はいつもむらさき色のスカートを穿いていて、肩まで伸びた黒髪はツヤがなくぱさぱさしている。近所の子供たちの間では、じゃんけんで負けた人が「むらさきのスカートの女」にタッチをしなければいけないという遊びまで流行っているー。
そんな「むらさきのスカートの女」と友達になりたいと思っている「黄色いカーディガンの女」がこの第二の主人公であり、物語の語り手です。「黄色いカーディガンの女」から見た「むらさきのスカートの女」の滑稽さや、「黄色いカーディガンの女」の語りの違和感は読んでいて不気味に思えてくるほど。しかし、この物語の面白さはそこにこそあります。
ミステリーやホラーとしても楽しめる先の見えない展開と幾つもの謎。
クセになる気持ち悪さで、ページをめくる手が止まらない。
ニムロッド 上田 岳弘 2018下半期
仮想通貨をネット空間で「採掘」する僕・中本哲史。深く大きなトラウマを抱えた外資系証券会社勤務の恋人・田久保紀子。小説家への夢に挫折し鬱傾向にある同僚・ニムロッドこと荷室仁。やがて僕たちは、個であることをやめ、全能になって世界に溶ける。「すべては取り換え可能であった」という答えを残して。第160回芥川賞受賞作。(「BOOK」データベースより)
1R(いちらうんど)1分34秒 町屋 良平 2018下半期
デビュー戦を初回KOで華々しく飾ってから、3敗1分けと敗けが込むプロボクサーのぼく。そもそも才能もないのになぜボクシングをやっているのかわからない。ついに長年のトレーナーに見捨てられるも、変わり者の新トレーナー、ウメキチとの練習の日々がぼくを変えていく。これ以上自分を見失いたくないから、3日後の試合、1R1分34秒で。青春小説の雄が放つ会心の一撃。芥川賞受賞作。(出版社より)
送り火 高橋 弘希 2018年上半期
父の何度目かの転勤で、中学3年の歩は津軽の小さな町に越してきた。持ち前の適応力ですぐクラスになじむが、6人しかいない男子の中ではリーダーの晃を柱に、遊戯と称した陰湿な虐めが行われていた。そして迎えたあの夏の日ー。緻密な描写で圧倒的存在感を放つ芥川賞受賞作と、単行本未収録2篇。鬼才の魅力が迸る1冊。(「BOOK」データベースより)
百年泥 石井 遊佳 2017年下半期
豪雨が続いて百年に一度の洪水がもたらしたものは、圧倒的な“泥”だった。南インド、チェンナイで若い IT 技術者達に日本語を教える「私」は、川の向こうの会社を目指し、見物人をかきわけ、橋を渡り始める。百年の泥はありとあらゆるものを呑み込んでいた。ウイスキーボトル、人魚のミイラ、大阪万博記念コイン、そして哀しみさえも……。新潮新人賞、芥川賞の二冠に輝いた話題沸騰の問題作。(出版社より)
おらおらでひとりいぐも 若竹 千佐子 2017年下半期
24歳の秋、故郷を飛び出した桃子さん。住み込みのバイト、周造との出会いと結婚、2児を必死に育てた日々、そして夫の突然の死ー。70代、いまや独り茶を啜る桃子さんに、突然ふるさとの懐かしい言葉で、内なる声たちがジャズセッションのように湧いてくる。おらはちゃんとに生ぎだべか?悲しみの果て、辿り着いた自由と賑やかな孤独。すべての人の生きる意味を問う感動のベストセラー。(「BOOK」データベースより)
影裏(えいり) 沼田 真佑 2017年上半期
会社の出向で移り住んだ岩手で、ただ一人心を許したのが同僚の日浅だった。ともに釣りをした日々に募る追憶と寂しさ。いつしか疎遠になった男のもうひとつの顔に、「あの日」以後触れることになるのだがー。芥川賞を受賞したデビュー作に、単行本未収録の二篇を収録した、暗い燦きを放つ三つの作品。(「BOOK」データベースより)
しんせかい 山下 澄人 2016年下半期
十九歳のスミトは、船に乗って北へ向かう。行き着いた【谷】で待ち受けていたのは、俳優や脚本家を志望する若者たちと、自給自足の共同生活だった。過酷な肉体労働、同期との交流、【先生】の演劇指導、地元に残してきた“恋人未満”の存在。スミトの心は日々、揺れ動かされる。著者の原点となる記憶をたぐり、等身大の青春を綴った芥川賞受賞作のほか、入塾試験前夜の希望と不安を写した短編も収録。(出版社より)
コンビニ人間 村田 沙耶香 2016年上半期
「いらっしゃいませー!」お客様がたてる音に負けじと、私は叫ぶ。古倉恵子、コンビニバイト歴18年。彼氏なしの36歳。日々コンビニ食を食べ、夢の中でもレジを打ち、「店員」でいるときのみ世界の歯車になれる。ある日婚活目的の新入り男性・白羽がやってきて…。現代の実存を軽やかに問う第155回芥川賞受賞作。(「BOOK」データベースより)
異類婚姻譚(いるいこんいんたん) 本谷 有希子 2015年下半期
劇作家、小説家、演出家、女優、声優など様々な顔を持つ、本谷有希子の芥川賞受賞作。
「異類婚姻譚」とは、神や動物など人間と違った種類の存在と人間とが結婚する説話の総称なんだとか。よく知られているものとしては「鶴の恩返し」や「羽衣伝説」など。この物語はそういう説話を現代人にあてはまめた寓話なのだそうです。
よく、夫婦が似てくるって言われますが、あれはどうしてでしょうか。
この物語の主人公はある日、自分の顔が夫に似てきたことに気づいてから、夫の顔をよく観察するようになります。すると驚愕の事実が見えてきて…。
もう、その事実がブラックユーモア過ぎて面白いけど怖い。そして、それを寓話で描いているところにこの作品の良さがあると思います。誰にでも当てはまるこの話、自分は大丈夫かと思わず鏡を覗き込んでしまうでしょう。
面白く、恐ろしい物語には教訓も隠されている。
あなたの家族は、夫は、妻は、もしかして?
死んでいない者 滝口 悠生 2015年下半期
ある秋の日、大往生を遂げた男の通夜に親戚たちが集まった。子、孫、ひ孫三十人あまり。縁者同士の一夜の何気ないふるまいが、死と生をめぐる一人一人の思考と記憶を呼び起こし、重なり合う生の断片の中から、永遠の時間が現出する。「傑作」と評された第154回芥川賞受賞作に、単行本未収録作「夜曲」を加える。(「BOOK」データベースより)
火花 又吉 直樹 2015上半期
売れない芸人の徳永は、天才肌の先輩芸人・神谷と出会い、師と仰ぐ。神谷の伝記を書くことを乞われ、共に過ごす時間が増えるが、やがて二人は別の道を歩むことになる。笑いとは何か、人間とは何かを描ききったデビュー小説。第153回芥川賞受賞作。芥川賞受賞記念エッセイ「芥川龍之介への手紙」を収録。(「BOOK」データベースより)
スクラップ・アンド・ビルド 羽田 圭介 2015上半期
「じいちゃんなんて早う死んだらよか」。ぼやく祖父の願いをかなえようと、孫の健斗はある計画を思いつく。自らの肉体を筋トレで鍛え上げ、転職のため面接に臨む日々。人生を再構築中の青年は、祖父との共生を通して次第に変化してゆくー。瑞々しさと可笑しみ漂う筆致で、老人の狡猾さも描き切った、第153回芥川賞受賞作。(「BOOK」データベースより)
九年前の祈り 小野 正嗣 2014下半期
35歳になるさなえは、故郷の海辺の町へと戻った。幼い息子、希敏とともに。希敏の父、フレデリックは、美しい顔立ちだけを残し、母子の前から姿を消してしまった。“引きちぎられたミミズ”のように大騒ぎする子を持て余しながら、さなえの胸には、九年前のあの言葉がよみがえる。芥川賞受賞作を含む四篇を収録。(「BOOK」データベースより)
春の庭 柴崎 友香 2014上半期
東京・世田谷の取り壊し間近のアパートに住む太郎は、住人の女と知り合う。彼女は隣に建つ「水色の家」に、異様な関心を示していた。街に積み重なる時間の中で、彼らが見つけたものとはー第151回芥川賞に輝く表題作に、「糸」「見えない」「出かける準備」の三篇を加え、作家の揺るぎない才能を示した小説集。(「BOOK」データベースより)
穴 小山田 浩子 2013下半期
仕事を辞め、夫の田舎に移り住んだ私は、暑い夏の日、見たこともない黒い獣を追って、土手に空いた胸の深さの穴に落ちた。甘いお香の匂いが漂う世羅さん、庭の水撒きに励む寡黙な義祖父に、義兄を名乗る見知らぬ男。出会う人々もどこか奇妙で、見慣れた日常は静かに異界の色を帯びる。芥川賞受賞の表題作に、農村の古民家で新生活を始めた友人夫婦との不思議な時を描く2編を収録。(出版社より)
爪と目 藤野 可織 2013上半期
あるとき、母が死んだ。そして父はあなたに再婚を申し出た。あなたはコンタクトレンズで目に傷をつくり訪れた眼科で父と出会ったのだ。わたしはあなたの目をこじあけてー三歳児の「わたし」が、父、喪った母、父の再婚相手をとりまく不穏な関係を語る。母はなぜ死に、継母はどういった運命を辿るのか…。独自の視点へのアプローチで、読み手を戦慄させるホラー。芥川賞受賞作。(「BOOK」データベースより)
abさんご 黒田 夏子 2012下半期
蓮實重彦東大元総長の絶賛を浴びて早稲田文学新人賞を受賞。さらに史上最高齢の75歳で芥川賞を受賞。その記者会見では「生きているうちに見つけてくださいまして、本当にありがとうございました」と真摯に語り、話題となった衝撃の作品「abさんご」。若々しく成熟した美しい文章を、ご堪能ください。(「BOOK」データベースより)
冥土めぐり 鹿島田 真希 2012上半期
子供の頃、家族で行った海に臨むホテル。そこは母親にとって、一族の栄華を象徴する特別な場所だった。今も過去を忘れようとしない残酷な母と弟から逃れ、太一と結婚した奈津子は、久々に思い出の地を訪ねてみる…。車椅子の夫とめぐる“失われた時”への旅を通して、家族の歴史を生き直す奈津子を描く、感動の芥川賞受賞作。(「BOOK」データベースより)
共喰い 田中 慎弥 2011下半期
一つ年上の幼馴染、千種と付き合う十七歳の遠馬は、父と父の女の琴子と暮らしていた。セックスのときに琴子を殴る父と自分は違うと自らに言い聞かせる遠馬だったが、やがて内から沸きあがる衝動に戸惑いつつも、次第にそれを抑えきれなくなってー。川辺の田舎町を舞台に起こる、逃げ場のない血と性の物語。大きな話題を呼んだ第146回芥川賞受賞作。文庫化にあたり瀬戸内寂聴氏との対談を収録。(「BOOK」データベースより)
道化師の蝶 円城 塔潤 2011下半期
無活用ラテン語で書かれた小説『猫の下で読むに限る』で道化師と名指された実業家のエイブラムス氏。その作者である友幸友幸は、エイブラムス氏の潤沢な資金と人員を投入した追跡をよそに転居を繰り返し、現地の言葉で書かれた原稿を残してゆく。幾重にも織り上げられた言語をめぐる物語。〈芥川賞受賞作〉道化師の蝶/松ノ枝の記(出版社より)
苦役列車 西村 賢太 2010下半期
劣等感とやり場のない怒りを溜め、埠頭の冷凍倉庫で日雇い仕事を続ける北町貫多、19歳。将来への希望もなく、厄介な自意識を抱えて生きる日々を、苦役の従事と見立てた貫多の明日はーー。現代文学に私小説が逆襲を遂げた、第144回芥川賞受賞作。後年私小説家となった貫多の、無名作家たる諦観と八方破れの覚悟を描いた「落ちぶれて袖に涙のふりかかる」を併録。解説・石原慎太郎。(出版社より)
きことわ 朝吹 真理子 2010下半期
貴子(きこ)と永遠子(とわこ)。葉山の別荘で、同じ時間を過ごしたふたりの少女。最後に会ったのは、夏だった……。25年後、別荘の解体をきっかけに、ふたりは再会する。ときにかみ合い、ときに食い違う、思い出。境がゆらぐ現在、過去、夢。記憶は縺れ、時間は混ざり、言葉は解けていくーー。やわらかな文章で紡がれる、曖昧で、しかし強かな世界のかたち。小説の愉悦に満ちた、芥川賞受賞作。(出版社より)
乙女の密告 赤染 晶子 2010上半期
ある外国語大学で流れた教授と女学生にまつわる黒い噂。乙女達が騒然とするなか、みか子はスピーチコンテストの課題『アンネの日記』のドイツ語のテキストの暗記に懸命になる。そこには、少女時代に読んだときは気づかなかったアンネの心の叫びが記されていた。やがて噂の真相も明らかとなり……。悲劇の少女アンネ・フランクと現代女性の奇跡の邂逅を描く、感動の芥川賞受賞作。(出版社より)