ハンチバック 市川 沙央

読書日記
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~”私はあの子たちの背中に追い付きたかった” 凄まじい熱量の芥川賞受賞作~

こんにちはくまりすです。今回は芥川賞受賞作品・市川沙央の『ハンチバッ』をご紹介いたします。

story:

第169回芥川賞受賞。選考会沸騰の大問題作!
「本を読むたび背骨は曲がり肺を潰し喉に孔を穿ち歩いては頭をぶつけ、私の身体は生きるために壊れてきた。」
井沢釈華の背骨は、右肺を押し潰すかたちで極度に湾曲している。
両親が遺したグループホームの十畳の自室から釈華は、あらゆる言葉を送りだすーー。(出版社より)

妄言

私は神の本を憎んでいた。

TVやラジオ、インターネット、様々なメディアで取り上げられ、話題になったこの言葉は、2023年上半期の芥川賞を受賞した小説『ハンチバック』の中の一文です。

この小説は障害者の赤裸々な気持ちが綴られている内容となっており、社会性のある作品として多くの人が関心を寄せています。加えて、著者も難病の「先天性ミオパチー」であることから、私小説的な要素も大きいのではないかとの印象を与え、この本を手に取る人も多いのだとか。

この物語の主人公・釈華(しゃか)は重度の障害者ですが、社会との関わりを持ちたいと通信制の大学で学んだり、自ら得た収入で恵まれない子供たちへの寄付、支援をして、不自由がありながらも前向きに生きているように見えます。しかし、心の内はというと…

トイレに行ってインスタントコーヒーと作って戻ってきた私は酸素飽和度が97に戻るのを待ってからiPhoneを手にする。
(中略)
暫く考えてみて、そのツィートは下書き保存する。私はノートパソコンのブラウザからEvernoteを開く。炎上しそうな思いつきは取り敢えずここに吐き出して冷却期間を置くのだ。(後略)

デジタルデータを保存することができるウェブサイトに秘めた願望を書き込む釈華。その内容は口に出すのも憚られる衝撃的なもの。強烈な言葉を隠れ蓑にした彼女の本心が気になります。

「弱者が無理をしなくていいんじゃないですか。金持ってるからって」
いくらか長いセンテンスが降ってきて初めて、面積を減らした半眼の両目で蔑むように見下ろされていることに気付いた。(中略)
「俺も弱者ですけど。だから面倒増やさないでください」
うわぁ、やべえ奴だ。と、とっさに思った。弱者男性を自認してる。もしかしたらインセルじゃん。こわ。

ある日、認識の違いから男性から暴言を受けた釈華。社会的弱者、経済的弱者。弱者の表現にもいろいろありますが、自らも弱者だと言い放つ男は彼女に対して何か思うところがある様子。釈華は彼の発言に驚きながらも、まだ気持ちに余裕がありました。しかし、次に男性が放った一言は釈華の隠していた願望を暴露するもので…

感想

超高齢化社会により、我が国の障害者人口は年々増加傾向にあります。それに伴い、政府は2019年に「読書バリアフリー法」を成立させました。これは「障害の有無にかかわらず、全ての人が読書による文字・活字文化の恩恵を受けられるようにするための法律」で、電子書籍・オーディオブック・点字版・テキストデータなど、様々な選択肢に応じて誰もが目的に応じた読書が出来るようにするための取り組みです。

しかし、アメリカやデンマークといったバリアフリー先進国と比べて日本はまだまだ発展途上。電子書籍などはペーパーレス化の後押しを受けるも、市場の8割以上をコミックが占めているという調査結果も。

「障害者はなかなか読者と思われていない。それと相まってちょっとした怒りみたいなものが生まれてきた」

著者は現状に対する不満をこのように述べました。読書の困難さが情報の脆弱につながり、楽しみばかりか選択肢やチャンスを失う負のスパイラルに陥ってしまうのです。

「私は障害者が読者と思われていない状態にドロドロとした怒りを持っていて、それを”えいやー!”とぶつけたのが『ハンチング』という小説です」

この話を聞いた時、私はこの作品は障害者の様々な不遇や差別の現状を訴える物語だと想像しました。しかし、それは間違いでした。
主人公のひねくれた思考であったり、斜に構えた態度であったり、他者への軽蔑だったり。人間としての負の部分を包み隠さず、同情を誘うことなくあっけらんと描かれています。現実に対する静かな怒りと、生々しい生への憧れが渦巻いているように感じました。

「この小説を通じて多くの方に読書バリアフリーの問題を知って頂いて、ちょっとでも現実に社会が動いて良くなってくれたらうれしいです。本を読みたいのに読めない。これっておかしいでしょう?ということをちゃんと主張した方がいいと思う。私は私でこれからも障害者を取り巻く理不尽さをペンの力で伝えて行こうと思っています」

障害があるだけで、その中身は健常者と何ら変わることがない。そう気づかせてくれる主人公の生き様に心を打たれます。社会のシステムが変われば、この物語の結末もきっと変わるはず。

著者:市川沙央(イチカワサオウ)
1979年生まれ。早稲田大学人間科学部eスクール人間環境科学科卒業。筋疾患先天性ミオパチーによる症候性側彎症および人工呼吸器使用・電動車椅子当事者。「ハンチバック」で第128回文學界新人賞を受賞し、デビュー(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)(「BOOK」データベースより)

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