転んでも怪我をしても、やがてその傷が治ったら立ち上がらなくてはならないのが人間だ。それが嫌だった。
こんにちはくまりすです。今回は、直木賞受賞作品、山本文緒「プラナリア」をご紹介いたします。
story
どうして私はこんなにひねくれているんだろうー。乳がんの手術以来、何もかも面倒くさく「社会復帰」に興味が持てない25歳の春香。恋人の神経を逆撫でし、親に八つ当たりをし、バイトを無断欠勤する自分に疲れ果てるが、出口は見えない。現代の“無職”をめぐる心模様を描いて共感を呼んだベストセラー短編集。直木賞受賞作品。(「BOOK」データベースより)
目次:プラナリア/ネイキッド/どこかではないここ/囚われ人のジレンマ/あいあるあした(「BOOK」データベースより)
勝ち組負け組
二章「ネイキッド」:主人公の泉水涼子は二年前に離婚してから無職であった。今は夫から貰った慰謝料で衝動的に買ったマンションに一人で暮らしている。自堕落な生活をしていたが、ある日泉水に憧れていたという元部下と再開して…
女性にとって結婚は人生の大きな節目であり、幸せの第一歩だとされていますね。だったら、離婚をした女性は、周りの目にはどういう風に映っているのでしょうか?
離婚後『「三十四歳、無職」という響きが犯罪者のように思えて恐ろしかった。』と感じた泉水。しかし、彼女は決して怠け癖があったわけではなく、結婚前も後も、怠けることが嫌いで、働くことが好きだった。彼女が働くことをためらう理由には、彼女の胸に元夫に言われた「さもしい生き方」という一言が胸の内にわだかまっていたからでもある。
泉水は懸命に働き、家族の幸せを願っていた。決して彼女は幸せになるために手を抜かなかったのに…泉の投げやりな行動から本音が見え隠れする。多くの現代女性が抱えている悩み、生きづらさが伝わってくる。
未来の自分
三章「どこかではないここ」:主人公の加藤真穂は夫と大学生の息子と高校生の娘の4人暮らし。家計の為夜10時から午前2時まで量販店でパートをし、睡眠時間は3時間の日もあるという忙しい毎日を送っている。いつまでも親に甘えている息子、なかなか家に帰ってこない娘、早い定時に帰ってきて家でぼーっとくつろいでいる夫、愚痴ばっかりの離れて暮らす母親、美穂のストレスはどんどん膨らんできて…
主婦はやること、考えることが沢山ありますね。家の事、家族の世話、お金の管理、ローン返済や子供たちの学費など将来のライフプランも全て計算に入れてやりくりをしなければいけません。しかし、どれだけ黒子に徹して頑張っても、家族の協力はなかなか得られない人も多いのではないでしょうか?
最近は母親の嫌なところばかりが見えてくる主人公。こんな風にはなりたくないなと思うようになってきた矢先、久しぶりに帰ってきた娘から信じられない言葉を浴びせられる…
感想
日本人女性は、年齢を重ねていくにしたがって、スポットライトを浴びる機会がだんだん減ってきます。何か自分の価値が下がっていくような気がして、それはそのまま老いることへの恐怖となる人も多いでしょう。
だからといって、その気持ちを表に出すことを世間は良しとはしません。露骨に感情を表すのは、子供じみていると思う日本文化の影響もあるのかも。
5人の女性の物語から感じられるのは、乳房の手術をする前の頃、結婚して勝ち組だった頃、幸せな家族関係を夢見ていた頃、そんなころには戻れない悔しさ。だからと言って、それを公言出来ない社会。もう大人なんだからという言葉で片付けられ、前を向くことを当たり前とされる。その気持ちをぶつけるところもなく、受け止めてくれる人もいない。
直接的ではなく、「社会不適合者だから」と暗に社会を非難する主人公。
声にならないSOSを叫んでいるように見えました。
私は、亡くなられてから当書を知ったのですが、とても心を揺さぶられる作品でした。他の作品も是非、読みたいと思います。
1962年神奈川県生れ。OL生活を経て作家デビュー。99年『恋愛中毒』で吉川英治文学新人賞、2001年『プラナリア』で直木賞を受賞した。著書多数(「BOOK」データベースより)