アーモンド ソン・ウォンピョン

ソン・ウォンピョン
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~”感情”がわからない少年・ユンジェ。ばあちゃんは、僕を「かわいい怪物」と呼んだー。~

こんにちは、くまりすです。今回は2020年の本屋大賞翻訳部門1位ソン・ウォンピョン『アーモンド』をご紹介いたします。

story:

扁桃体が人より小さく、怒りや恐怖を感じることができない十六歳の高校生、ユンジェ。そんな彼は、十五歳の誕生日に、目の前で祖母と母が通り魔に襲われたときも、ただ黙ってその光景を見つめているだけだった。母は、感情がわからない息子に「喜」「怒」「哀」「楽」「愛」「悪」「欲」を丸暗記されることで、なんとか“普通の子”に見えるようにと訓練してきた。だが、母は事件によって植物状態になり、ユンジェはひとりぼっちになってしまう。そんなとき現れたのが、もう一人の“怪物”、ゴニだった。激しい感情を持つその少年との出会いは、ユンジェの人生を大きく変えていくー。怪物と呼ばれた少年が愛によって変わるまで。(「BOOK」データーベースより)

怪物

一言で言うと、この物語は、怪物である僕がもう一人の怪物に出会う話だ。でも、その結末が悲劇なのか喜劇なのかをここで語るつもりはない。

ユンジェの独白から始まるこの物語は、彼の内なる怪物が表面化するる6歳の時から始まります。

子供が一人、地面に横たわっていた。

集団リンチを受けた子供は全身が血に染まり、かなり危険な状態でした。ユンジェは近くの店にいたおじさんに人が倒れていることを告げますが、そのおじさんはユンジェが嘘を言っていると思い、「ふうん」軽く受け流して、なかなかまともに取り合ってくれません。

ーおまえがもっと真剣に言ってくれていたら、手遅れにならなかったんだ。

倒れていた子供はその場で息を引き取っていました。そしてその子はなんとそのおじさんの子だったのです。おじさんは泣き叫びながらユンジェに対してこんな言葉を浴びせました。
息子を亡くしたおじさんの悲しみは理解できますが、おじさんはどうしてユンジェの話をまともに取り合わなかったり、まだ少年の彼に理不尽な八つ当たりをするのでしょうか。
ユンジェは勿論、納得がいきません。

僕はずっと真剣だった。
ただの一度も、笑ったりふざけたりしなかった。

その晩母親がユンジェに「怖くなかった?」と尋ねると、彼は「うん、怖くなかったよ」と答えます。
しかし、その事件、つまり僕が、人が殴られて死ぬのを表情ひとつ変えずに見ていたという話は、なぜかたちまち広まったのです。

アーモンド

「ばあちゃん、どうしてみんな僕のこと変だって言うの?」
「人っていうのは、自分と違う人間が許せないもんなんだよ」

ユンジェは小さい頃から笑うことがなく、いつも無表情でした。母親はユンジェを笑わそうとしましたが、彼はただじっと母を見つめるばかり。そして、ユンジェの特異な点はそれだけではありません。

僕は熱湯もやかんも怖がらなかった。中に入った水が冷たかろうが熱かろうが、相変わらず赤いやかんを見れば手を伸ばした。

跡になるほどのやけどを負いながらも熱湯を怖がらないユンジェ。しかし病院では特に何も言われなかったのです。

「写真のこの子は泣いているよね。お母さんがいなくなったからなんだ。この子はどんな気持ちかな?」
僕はなんと答えたら良いかわからず、隣に座った母さんを見上げる。

母親は懸命にユンジェ感情を引き出そうとしますが、ユンジェは「感情」が理解できません。
いったいなぜなのか、どうしたら良いのか、途方に暮れる母親の気持ちが痛いほどわかります。
そして、その原因を医師に告げられた時、母親の涙は止まりませんでした。

人は誰でも頭の中にアーモンドを二つ持っている。(中略)外部から刺激があるとアーモンドに赤信号が灯る。刺激の性質によって、あなたは恐怖を覚えたり気持ち悪さを感じたりして、そこから好きとか嫌いとかの感情が生まれる。
ところが僕のアーモンドは、何処か壊れているみたいなのだ。(中略)感情という単語も、共感という言葉も、僕にはただ実感の伴わない文字の組み合わせに過ぎない。

感情が分からないユンジェに対して、母親と祖母は精いっぱいの愛情をもって接します。
家族の深い愛。感情を持たないユンジェにその気持ちが届いて欲しいですね。
しかし、残酷にも運命はこの家族を引き裂きました。

その日、一人が怪我をし、六人が死んだ。まず母さんとばあちゃん、次に男を止めに入った大学生(後略)。

無差別殺人の通り魔によって目の前で家族を殺されたユンジェ。しかし、彼はその様子をただ見つめているだけでした。いつものように、無表情で。

感想

この小説の最も特徴的なところは、感情がないユンジェ視点で描かれているところ。悲しかった、嬉しかったなど喜怒哀楽の感情表現がありません。ただ、淡々と出来事だけがそこにあるだけです。そして、その描写はとても緻密ですが生々しさはなく、身に起こる数々をまるで他人事のように、また観察しているかのように語るユンジェに読者は恐怖を覚えます。それこそが、作中でおばあちゃんが言うように怪物の正体なのでしょう。

どんなに押しても引いても何の反応も返さず、共感も得られない関係に人は耐えることが出来ないでしょう。この「感情」と「共感」はこの物語の大きなテーマ。ユンジェはもちろん共感することが出来ませんが、他者と関わりが希薄になり、共感することも少なくなってしまっている現代の社会への問題定義なのかもしれません。もしかしたら彼の家族を殺した通り魔もそういうものが得られずに孤立してしまったのかも。

ユンジェの物語は家族が殺されてこれで終わりというこではなく、むしろここからが本番。彼はもう一人の怪物・ゴニに出会います。ゴニはコンジュと真逆で、繊細な心を持ちながらも他人の共感を得られない少年。お互いを怪物だと認識する二人に明るい未来はあるのでしょうか。

著者のソンウォンピョンが「果たして私だったら愛することができるだろうか?」という自らの問いかけに生まれた子がユンジェとゴニなのだそうです。
この小説は韓流スターの応援もあり、100万部を突破。また、日本でもアジア圏初めての本屋大賞受賞作品となり、18万部を突破。世界13か国で翻訳されています。

果たしてこの物語が悲劇かそれとも喜劇なのか。その結末は読者に委ねられる。

ソンウォンピョン
1979年、ソウル生まれ。西江大学校で社会学と哲学を学ぶ。韓国映画アカデミー映画科で映画演出を専攻。2001年、第6回『シネ21』映画評論賞受賞。2006年、「瞬間を信じます」で第3回科学技術創作文芸のシナリオシノプシス部門を受賞。「人間的に情の通じない人間」、「あなたの意味」など多数の短編映画の脚本、演出を手掛ける。2016年、初の長編小説『アーモンド』で第10回チャンビ青少年文学賞を受賞して彗星のごとく登場(2017年刊行)、多くの読者から熱狂的な支持を受けた。2017年、長編小説『三十の反撃』で第5回済州4・3平和文学賞を受賞。現在、映画監督、シナリオ作家、小説家として、幅広く活躍している(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)(「BOOK」データーベースより)
2021年本屋大賞翻訳部門1位はコチラ👇

『ザリガニの鳴くところ』ディーリア・オーエンズ

story:ノース・カロライナ州の湿地で男の死体が発見された。人々は「湿地の少女」に疑いの目を向ける。6歳で家族に見捨てられたときから、カイアは湿地の小屋でたったひとり生きなければならなかった。読み書きを教えてくれた少年テイトに恋心を抱くが、彼は大学進学のため彼女のもとを去ってゆく。以来、村の人々に「湿地の少女」と呼ばれ蔑まれながらも、彼女は生き物が自然のままに生きる「ザリガニの鳴くところ」へと思いをはせて静かに暮らしていた。しかしあるとき、村の裕福な青年チェイスが彼女に近づく…みずみずしい自然に抱かれて生きる少女の成長と不審死事件が絡み合い、思いもよらぬ結末へと物語が動き出す。全米500万部突破、感動と驚愕のベストセラー。(「BOOK」データーベースより)

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