線は、僕を描く 砥上 裕將

砥上裕將
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水墨画は孤独な絵画ではない。水墨画は自然に心を重ねていく絵画だ。

こんにちは、くまりすです。今回は、水墨画家小説家という二足の草鞋を履く砥上 裕將の「線は、僕を描く」を紹介したいと思います。

story

墨と水。そして筆だけで森羅万象を描き出そうという試み、水墨画。深い喪失の中にあった大学生の青山霜介は、巨匠・篠田湖山と出会い、水墨画の道を歩み始める。湖山の孫娘・千瑛ら同門の先輩をはじめ、素晴らしい絵師との触れ合いを通し、やがて霜介は命の本質へと迫っていく。第59回メフィスト賞受賞作。2020年本屋大賞第3位。ブランチBOOK大賞2019受賞!第3回未来屋小説大賞第3位、キノベス!2020第6位。(「BOOK」データベースより)

水墨画の世界

ひょんなことから水墨画の巨匠、篠田湖山に気に入られて水墨画を始めることとなった主人公の青山霜介。両親の死以後、生きる気力を失っていた霜介は次第に水墨画の世界へのめりこんでいく…

日常で水墨画に触れる機会ってそんなにないですよね。年賀状だったり、観光で言ったお寺の襖や天井に書かれているものだったり、今はそんなところでしか目にしない気がします。

そんなあまり馴染みのない水墨画の世界へ霜介が足を踏み入れたのは、湖山先生の弟子であり、孫の千瑛の絵に惹かれたことがきっかけだった。

彼にとっては、両親の死という受け入れられない日常よりも、自然に近い静かで奥深い水墨画の世界の方が居心地が良かったのかもしれません。
とはいえ、馴染みのない世界ですから右も左もわからないのは当然で、霜介は一から湖山先生に教えてもらうことに。

力を抜きなさい」という湖山先生は自然というものを理解することが大切だと言う。

この物語ではいろいろな水墨の用語が出てきます。初めて知る用語や言葉ばかりですが、それがどんなものか思い浮かぶ丁寧な描写は、まるで読者自身が水墨画を習いそのイロハを教えてもらっている。そんな気持ちになります。

これは霜介と一緒に水墨画の世界へ足を踏み入れる、そんな物語でもあるのです。

個性豊かなキャラクター

主人公のお師匠さんに当たる篠田湖山先生は、雪舟を除けば日本人が唯一当たり前のように知っている水墨画家という名だたる絵師も真っ青の人間国宝級の人物設定ですが、この物語には霜介と共に巨匠、湖山先生を目指す個性豊かな水墨画家が出てきます。

花卉画を得意とし、情熱的な絵を描く千瑛、風景画を得意とする大らかな西濱さん、精密な技巧派の斉藤さん、そして、霜介の友達。彼らの中には人付き合いが苦手な人、一見誤解されそうな人など様々ですが、付き合っていくうちにその人の良さがわかる。
しかし、厳しい水墨画の世界に身を置く人たちの佇まいからは、普通のひとにはない、静かな覚悟のようなものも伝わってきます。

たった一筆でさえ美しくあるように

絵に限らず、芸術作品は特に何がいいと決まっているものではなく、好みかもそれぞれありますね。しかし、良いとされるもの、人に認められるものはどれも人の心を動かすもの。そういうものを作るのに頂点を極める人達は苦悩しているはず。

この物語の登場人物は皆、決しておごらずに真剣に水墨画、そして己とも向き合い、素晴らしいものを作ろうと静かに胸の内に火をともしているような、そんな人達。そんな彼らの生き様のようなもの、そして霜介の心の変化が伝わってきます。

感想

周りに水墨画を趣味にしたりしている人はほとんど見かけません。その理由を考えると、絵を観た記者が湖山先生に言った言葉

そんなに凄い絵なのですね。簡素な絵なのでインパクトに欠けているように感じます。やはり、我々素人には難しい世界があるのですね。

が象徴しているような気がします。なんとなく、地味なイメージですよね。小説にも出てきたように、年配の方がしっとりと観るもののような感じがします。

私が初めて日本水墨画の最高傑作として名高い長谷川等伯の国宝「松林図屏風」を何の知識もなしに観た時は、何がすごいのか分からなかったのを覚えています。松の濃淡や、遠近感、もや、空気感などその風情を説明されてやっと「成程、そういわれると確かに凄い」と感じたくらいです。でもそれが一番いいかと聞かれると、私もこの記者と同じでインパクトのある狩野派や伊藤若冲の方が好みです。

もし作中の彼らの絵を観たら、どちらかというと西濱さんや霜介の絵よりも千瑛や斉藤さんの方が私の好みかな、なんて思いながら読んでいました。

水墨画を趣味にはしていないけれども、好きな人は数多くいます。狩野永徳や長谷川等伯、琳派など近年大きな展示をする度に人が溢れるほどの人気ぶり。国宝や重要文化財が多いのも理由の一つかもしれませんが、待ち時間が出るほどです。

近年の文豪ブームや刀剣ブーム、御朱印ブームがあり、若者が何かのきっかけで興味を持てば、水墨画も人気が爆発するかもしれません。

そのためには、映画化や、アニメ化は必須ですね。楽しみに待っています。

著者:砥上裕將(トガミヒロマサ)
1984年生まれ。福岡県出身。水墨画家。『線は、僕を描く』で第59回メフィスト賞を受賞しデビュー。同作はブランチBOOK大賞2019受賞。2020年本屋大賞第3位に選出された(「BOOK」データベースより)
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