毒を売る女 島田 荘司

島田荘司
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彼女が涙をこぼす時、私はその涙の一滴一滴の行方まで、じっと冷静にみきわめていた。あの中に毒が入っている、と思った。

こんにちは、くまりすです。今回は新本格ミステリーのジャンルを切り開いた島田荘司の「毒を売る女」をご紹介いたします。

story

娘は名門幼稚園に入り、家も手に入れた。医者である夫の仕事も順調で、全てがうまくいっているはずだった。あの女があんな告白をするまではー。人間が持つ根源的な狂気を描いた圧巻の表題作をはじめ、御手洗潔シリーズの傑作「糸ノコとジクザグ」からショートショートまで、著者の様々な魅力が凝縮した大充実の傑作短篇集!(「BOOK」データベースより)

目次:
毒を売る女/渇いた都市/糸ノコとジグザグ/ガラスケース/バイクの舞姫/ダイエット・コーラ/土の殺意/数字のある風景(「BOOK」データベースより)

人助けのミステリー

三章糸ノコとジグザグ」の主人公の私は当時ラジオ番組を持っていた。視聴者参加型の企画で視聴者からフリートークを募ることになったが、事前に募集したも電話の中に一つだけ奇妙なものが混じっていた。現代詩を読み上げる陰気な音声の内容は、自殺をほのめかす文章のようで…

スマホなどがない時代はTVやラジオが主流で、ラジオ放送全盛期の頃は皆、眠たい目をこすりながら深夜ラジオを聴いていました。面白い番組が沢山あった時代です。これはそんな時代の出来事。

これは自殺をほのめかす詩に違いないと思った私は、番組内でこれを流すことにした。視聴者と一緒にこの詩が比喩しているものを読み解き、自殺を止めようと試みる。

詩の表現にはよく比喩が使われます。私が「現実の何物かを別の言葉で表現している」と言うように何かを示唆しているものが多いのです。詩を読み解くことは難解ですが、ラジオの向こうにいる何十万という聴衆者と力を合わせればなんとなく出来そうな気もしますね。殺人犯を見つけるために謎解きをするのではなく、自殺を止めるために謎解きをするという発想がとても面白いです。

パソコンが一般に普及する前の時代ですから、知識と記憶が頼りです。「三人寄れば文殊の知恵」なんてことわざがあるように、昔はわからないことは皆で協力してやったものです。

彼らはこの詩の謎を解き明かすことが出来るのだろうか?
いや、そもそもこれは本当に自殺をほのめかす詩なのだろうか?

人の心と体に巣くうもの

一章「毒を売る女」の主人公、大道寺靖子は高級住宅街に暮らしている。夫は医者で、娘の里美は苦労して入れた幼稚園に通っている。最近仲良くなったママ友から彼女の夫の病気の事で相談を受けた靖子だが、それは感染症の末期だという事が判明し…

昔から人類は様々な病と闘ってきました。その中でも多くの人命を奪い、間関係をも壊す感染症は今もなお人々を恐怖に陥れています。昨年から新型コロナウィルスの恐怖にさらされてきた我々は、感染症が身近に迫ってきたときの怖さを知っています。

靖子が、もしかしてママ友も旦那の病気がうつっているのでは?いや、もしかして自分もうつっているのでは?ママ友の子供と仲の良い里美は?という苦悩も痛いほどわかります。そして、近所や他のママ友の目を気にし関係をきっぱり断ち切れなかったり、気をつければ感染しないもののために、苦労して入れた幼稚園を変わるのも現実的ではない、という気持ちも理解できます。

一方で感染してしまった人の心境はどうなのでしょうか?まさか自分が?なぜ自分が?理不尽な思いも沸きあがるのは当然です。
当事者、そしてそれを知ってしまった周りの人々。いつ自分の身に降りかかるかもしれない恐怖。そういった人間の心理が複雑に絡み合い、彼女らの人生は思わぬ方向へ…

感想

ミステリー小説の中で、社会性のある事件や事柄を取り上げ、その時代の世相を反映させたものを社会派ミステリーと言います。

1985年~1990年代初頭は昭和のバブル景気。不動産バブルや、高級車ブーム、ポケベルがやっと普及された時代で、ラジオ放送全盛期でもありました。著者は本格ミステリーの「御手洗潔シリーズ」が有名ですが、この小説はこのバブル期に書かれた社会派ミステリーの短編集です。サスペンスから、ミステリー、SFのような物語まで題材の幅は広い。

30年以上も前に書かれた作品で、スナックなど所々昭和を感じさせる描写はまさにバブル感がありますが、感染症の恐怖や、生きにくい社会の描写などは全く古臭くは感じず、人間の本質も変わっていません。

作品の中で家を箱に例える描写があります。
巨大な箱の中もひとつの独立社会だ。外は海。そしてこの箱はさながら石の、ノアの箱舟だろう。都市というこの海には、こういった箱舟が何隻も浮かんでいる。どこにたどり着くか、不安でいっぱいの乗客を大勢乗せている

もうだいぶ昔から我々は、流されるままにこの不安定な社会を漂流しているのではないだろうか?

著者:島田荘司(シマダソウジ)
1948年広島県福山市生まれ。武蔵野美術大学卒。81年『占星術殺人事件』でデビュー。以後、人気作を多数刊行。また「島田荘司選 ばらのまち福山ミステリー文学新人賞」を主宰するなど、後進の発掘・育成にも尽力している(「BOOK」データベースより)
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