噛みあわない会話と、ある過去について 辻村 深月

読書日記
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「過去」に復讐できるとしたら?~「知らなかったは」許されない~

こんにちは、くまりすです。今回は辻村深月本屋大賞受賞後第一作「噛みあわない会話と、ある過去について」をご紹介いたします。

story

大学の部活で仲のよかった男友達のナベちゃんが結婚するという。だが、紹介された婚約者はどこかズレていてー(「ナベちゃんのヨメ」)。国民的アイドルになったかつての教え子がやってくる。小学校教諭の美穂は、ある特別な思い出を胸に再会を喜ぶが…(「パッとしない子」)。人の心裏を鋭くあばく傑作短編集!(「BOOK」データベースより)

過去の思い出

二章「パッとしない子」の主人公、松尾美穂は人生順風満帆の小学校の教師。昔の教え子の兄、高輪佑は押しも押されぬ国民的アイドルになっていた。美帆は佑の弟の担任であったが、佑とも直接関わったこともある。その佑がTV番組の収録で学校に来ることになり、再開に胸を躍らせる美穂だが…

街で芸能人を見かけたり、知り合いが、いや、知り合いの知り合いでも有名な人と接点があったりすると、つい誰かに話したくなりますよね。人に羨ましがられたりしたら得意げになったりして。
ましてや、自分だけが知っている国民的アイドルの秘話などがあれば、もうそれは自慢話のようになってしまいます。

美穂も例に漏れず、周りからせっつかれ、ついつい彼女だけが知っている佑の子供時代の話をする機会も多かった。
佑との接点は少なかったものの、美穂には印象深い彼との思い出があった。そしてそれは、もしかして今の彼を形作る大事な出来事かも知れないと、彼女は密かに思っていた。

先生と、ちょっとだけ話してもいいですか?

再開した彼は自分の事を覚えてくれていて、しかも二人きりで話がしたいと言う。

とても羨ましいシチュエーション。誰でも間違いなく舞い上がってしまいます。
よく昔の思い出は美化されがちなどと言いますが、それでも旧友などと再会して昔話に花を咲かせると、昔はよかったと思えることが沢山ありますね。

ただその思い出は本当にお互いの共通認識なのでしょうか?

立場が変わるどんでん返し

小説の世界では読者の予想を裏切った展開をどんでん返しといい、ミステリーの世界ではよく使われる手法です。話・形勢・立場などが逆転し、思いもかけない展開で驚かされます。

三章「ママ・はは」の主人公は小学校の教師だ。彼女の受け持つ生徒の保護者の中に、少し厳しいのではないかと思う位の教育熱心な母親がいる。決して悪い人ではないのだが、その教育方針に自信満々な彼女は周りを戸惑わせていた。この母親の考えが少しずれていると感じている主人公は、仲の良い元同僚のスミちゃんに相談する。

そういうお母さんはきっとそのうちいなくなるよ。

スミちゃんの言っている言葉の意味が良くわからない主人公に彼女は、親は子に「ある日突然思ってもいなかった通知表を渡される」と言い、自身の親子の思い出を話し始める…

人の立場はずっと同じとは限りませんよね。職場では昇進で同僚だった人と上下関係になったり、学校で影の薄かった人がいつの間にか人気者になっていたり。家庭では子供が成長すると親子関係にも変化が訪れます。

自分が親になって初めて親の気持ちが分かる。なんて言いますが、何でも体験しないと分からないもの。でも、中にはあの時言ってたことはやっぱりおかしいんじゃないかとか、間違っているんじゃないかなんて思うことも。人間ですから完璧と言うわけにはいきませんね。

けれど、それを差し引いても許せない思いがある時はどうしたらいいのでしょうか?

感想

幽霊よりも生きている人間の方が怖いという話があります。見た目のわかりやすい怖さではなく、ふとした拍子に見える裏の顔であったり、ずっと根に持っているものであったり…相手が何を考えているか分からないということが恐怖の元になっているかもしれません。

よい人間関係を築くのは難しいものですが、日本人は空気を読むのが得意です。会話はもちろんの事、その場の空気も瞬時に読み取り、無意識に自分と相手の距離感を図って行動します。コミュニティなら誰が言うでもなく、自然と役割分担が決まってしまう。

友達、職場、近所づきあい、ママ友、もしかしたら家族間でさえそんなことを考え、会話を交えながら心理戦を繰り広げているのかも。

あの人はこんな人。
でも、それは思い込みではないでしょうか。いや、もしかして周りの空気がそんな人の役割をさせているのでは?

この物語は主人公の気持ちで読むと、恐怖を覚えたり、理不尽さにストレスを感じるかもしれませんが、相手の視点で読んでみると全く違う感情が湧いてきます。むしろ初めて本音を話せた瞬間であり、過去の自分からの脱却の物語でもあるのかも知れない。

著者:辻村深月(ツジムラミズキ)
1980年2月29日生まれ。山梨県出身。千葉大学教育学部卒業。2004年に『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞しデビュー。『ツナグ』で第32回吉川英治文学新人賞、『鍵のない夢を見る』で第147回直木三十五賞を受賞。2018年には、『かがみの孤城』が第15回本屋大賞で第1位に選ばれた([BOOK」データベースより)
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