僕等はツバぜり合いの刀の下で、永久に黙笑し合っている仇敵であるー
こんにちは、くまりすです。今回は、萩原朔太郎と室生犀星の友情についてまとめた「二魂一体の友」をご紹介いたします。
story
北原白秋主宰の詩誌への寄稿で知り合い、近代詩を牽引する良きライバルとなった朔太郎と犀星。交流を描いたエッセイから互いの詩集に寄せた序文までを集成する。それぞれが語る四半世紀に及ぶ友情。文庫オリジナル。(「BOOK」データベースより)
萩原朔太郎(以下朔太郎)と室生犀星(以下犀星)はお互い詩人であり、大親友でした。
当書は朔太郎が「君は僕にとっての愛人であり、そしてまた英雄であった。」と表現するほど。何でも言い合える仲だからこそお互いを本音で語り合った記録でもある。彼らの全てが赤裸々に記されています。
二人の出会い
二人の出会いは朔太郎が北原白秋の雑誌「ザムボア」に掲載された犀星の詩を読み、彼に熱烈な手紙を送ったのがきっかけです。「今では室生君と僕との中は相思相愛の恋仲である、こんな人はもはや二人とあるまい。」と白秋宛ての手紙にも書いたほど朔太郎の惚れこみ具合は相当なもので、犀星がこの手紙のやりとりについて以下のように書いています。
犀星「読んでいて極まりの悪い恋文のような手紙だった」「まるで二人は恋しあうような激しい感情をいつも長い手紙で物語った。」
やがて二人は会うことになります。朔太郎は犀星の「青き魚を釣る人」などの詩から彼を青白い魚のような美少年だと思っていたそうですが、その期待は打ち砕かれてしまいます。お互いの第一印象はと言うと…
朔太郎「妙に肩を怒らした眼のこわい男」「田舎の新聞記者」「ゴロツキ書生」
犀星「彼は鼻は隆(たか)く額も広く、眼はぎょろりとしていて一見独逸人のようだった。」
朔太郎は犀星曰く「毒舌家」らしく、なかなか酷い言いようですが、とにかく第一印象は良くなかった。しかし、相手を知るにつれて良い方へ変わっていきました。
朔太郎は「始め不快であった彼の怪異な風采」が、「奇体に芸術的な美しさを以て見られてきた。」「非常に涙もろい処女のような優しい心を持った男」「ユニック(ユニークのことだと思う)な個性」「「思いやりが深い」などと犀星を褒めちぎる。(ちょっと気になるところもあるけれど)
犀星は「その作品内容や好尚から来る感じはなかなかハイカラ」「萩原は永く付き合うほど味の出てくる甘みがある。ただちょっと会ったぐらいではおとなしそうなおっとりしたところはあるが…(中略)剛直でさまざまな感情をおしかくしているように思われるのである」とこちらも好感度upしました。
朔太郎が犀星を美少年だと想像した詩のひとつがコチラ👇
青き魚を釣る人(室生犀星)
ほのかなるなやみのうちに
ひと日過ぎゆき
ひと日しづかにかへりくる。
魚はかたみに青き眼をあげ
噴きあげに打たれかなしむ。
藍のうろこも痛く
つりうどの眼もいたく
魚はかなたにのがれゆき
鉢なでしこの日の表
つよき反射のなかに浮きもかなしむ。
これらの内容は「室生犀星の印象」「「卓上噴水」の頃」にも詳しく書かれています。
二人の性格や生活
「詩壇に出た頃」
朔太郎の詩が初めて雑誌「ザムボア」に掲載された頃から、処女詩集「月に吠える」を出すまでの話。「月に吠える」の発禁騒動はどこまでも犀星に迷惑をかける朔太郎が面白い。白秋を始め、若山牧水、三木露風、斎藤茂吉、高村幸太郎、森鴎外等、多くの文豪がこの詩集を絶賛しています。ここから読み始めてもわかりやすいと思います。
「室生犀星に就いて」「室生犀星の人物について」「所得人 室生犀星」
犀星の性格について書いているものですが、一番面白かったのは「室生犀星に与う」犀星の恥ずかしいあれこれが朔太郎によっていろいろ暴露されています。
「君は自分の顔を鏡に映して、絶えず自分で腹を立てている」
そりゃあ芥川龍之介と萩原朔太郎という二大イケメンに挟まれたらね…心中お察しします。
「当時の酒飲み仲間だった歌人河野慎吾君は、幼い婚約者の妻を持っているというだけで、君の苛立たしき嫉妬を買い、幾度か本郷の街路に組み伏せられ、理由なく下駄で頭を叩き割られた。」
いやいや…
「君の体は娘の上に重なっていた。「きゃあッ!」という恐ろしい女の悲鳴…(自主規制!)」
犀星が「萩原が俺のゴシップを書きやがる」と言っても朔太郎は愛ゆえだと言い、君の真人格を世に見せようとしてるんだといいわけをする。筆がすべっただの芥川龍之介君に同意を得だのとちっとも反省していなところなど、二人の仲だからこそですが、雑誌上でこれをやることが面白いですね。
犀星も負けていません。「詩人・萩原朔太郎」では朔太郎のだらしのなさや、親にずっと仕送りをしてもらっていた話、奥様を他の男に取られた話などあれこれ全てを書いています。
他、朔太郎の姉妹が美人で、谷崎潤一郎が結婚を前提にお付き合いしたいと申し込んできた話や、美人だと言いまくっていた芥川龍之介、海水姿の写真を新聞に掲載した久米正雄など。(何をしている久米正雄。)
他、犀星の淡い思い人や、その人をわざわざ金沢くんだりまで見に行く朔太郎とか、やたら高村幸太郎を意識して、雑誌を放り投げたり、家に行ったり、嫉妬したりした話。あと、酒豪の若山牧水と飲んで朔太郎が酒代に絶望した話などなど。
他にも「萩原と私」「萩原朔太郎論その断片」「萩原朔太郎」
朔太郎の性格について述べているもので、彼のだらしなの様子や、二人の仲の良さが書かれている。特に、久しぶりに会うとたまった話を吐き出すためにせき込むエピソードが好きです。
芥川龍之介
芥川龍之介は彼らと親密に交流を重ねていたので、同本にも名前がよく出てくる。
犀星は朔太郎と芥川しか親しい友人がいなく、小説家として成功し地位と名声があり、教養もある芥川に憧れていたようだ。
「小説家の俳句」
朔太郎は小説家の芥川は才人と認めていたが、俳句や詩に関しては「文人芸の上乗りのものに過ぎない」、「友情の割引を以てしても賛辞出来ない」と辛辣。その理由を彼の二三の作品を例にあげて説明しています。
「芥川龍之介と萩原朔太郎」
犀星と芥川の中だからこその素の時の芥川の様子を書いている。要するに自分はこんなに仲がいいんだという自慢にしか聞こえません。
二人の友情
その後もお互いの交流を深め合います。「田端に居た頃」「移住日記」等とても仲が良かったことがうかがえます。「赤倉温泉」は二人のやり取りが小学生のようで微笑ましい。
朔太郎から犀星へ👇
「眺望」~旅の記念として、室生犀星に~
さうさうたる高原である
友よ この高きに立って眺望しよう。
僕らの人生について思惟することは
ひさしく既に転変の憂苦をまなんだ
ここには爽快な自然があり
風は全景にながれてゐる。
瞳をひらけば
瞳は追憶の情侈になづんで濡れるやうだ。
友よここに来れ
ここには高原の植物が生育し
日向に快適の思想はあたたまる。
ああ君よ
かうした情歓もひさしぶりだ。
(「萩原朔太郎詩集より)
「別れ」~旅の記念として、室生犀星に~
友よ 安らかに眠れ。
夜はほのじろく開けんとす
僕はここに去り
また新しい汽車に乗って行かうよ
僕の孤独なるふるい故郷へ。
東雲ちかい汽車の寝台で
友よ 安らかに眠れ。
お互いの詩について
「さびしき友」「室生犀星の小曲詩」「室生犀星の詩」「詩集に寄せて」
それぞれの詩についての解説や感想。
「竹」が発表された時、犀星はあの朔太郎がこんな詩を、と意外に思ったようです。それまでの詩や会った時のイメージと違う為、驚きをもって書かれている。朔太郎の方は「愛の詩集」など当然べた褒めなんですよね。
そうするうちに犀星は息子を亡くします。悲しみの中犀星は「忘春詩集」を出し、骨董や庭いじりの趣味に没頭しますが、朔太郎は「老人心境」だと批判します。「室生犀星君の心境的推移について」
忘春詩集のひとつ👇
我が家の花(室生犀星)
そとより帰りきたれば
ちひさき買もの包みをかかへ
いそいそとして我が家の門をくぐりしが
いまそのちひさき我が子みまかり
われを迎へいづるものなし。
母親はつねにしづかにと言ひ
あかごの目のさめんことをおそれぬ。
さればわれはその癖づきし足もとをしづめ
そとより格子をあくればとて
もはや眠らん子どもとてなし
かくしてわが家の花散りゆけり。
「詩への告別」
やがて犀星はだんだん詩が書けなくなり、詩人ではなく小説家の道へ。
犀星の決意と、朔太郎の嘆きが文面から伝わってきて辛い。共に詩という道を歩んできた二人、道を違えるのは読んでいても寂しいものがありました。
別れ
「萩原朔太郎を哭す」
朔太郎が亡くなった時の話です。悲しいですね。
以下犀星から朔太郎への詩です。
「萩原に与へたる詩」
君だけは知ってくれる
ほんとの私の愛と芸術を
求めて得られないシンセリテイを知ってくれる
君のいふやうに二魂一体だ
君の苦しんでゐるものは
叉私にも分たれる
私の苦しみをも
叉君に分たれる
・・・・(以下略)
「供物」
はらがへる
死んだきみのはらがへる。
いくら供えても
一向供物はへらない。
酒をぶつかけても
きみはおこらない。
けふも僕の腹はへる。
だが、きみのはらはへらない。
感想
朔太郎の詩は生前、そこまで人気はなかったようです。詩を載せてもらう懇意な雑誌というものがない彼らに対して高村幸太郎は「スバル」にいくらでも項を割ける、と不服だった位。亡くなってから人気が出た人のようですね。
巻末には朔太郎の娘葉子さんと、犀星の娘朝子さんとの対談という名のこれまた暴露話が載っています。朔太郎がご飯をよくこぼすから新聞紙の上でご飯を食べる話や、森茉莉さん(森鴎外の娘さん)を含めた2世の苦労話など。
とても長くなりました。本当はもっと書きたいとここが沢山ありましたので、これでもまとめたつもりです。
真逆の性格の二人だからこそ長く続いた友情がどのページにも溢れています。
ボリュームたっぷりで、それぞれの章の絶妙なタイミングで挟み込まれる詩が心に染みました。後半になるにしたがって泣かせる構成になっているのもズルいです。とてもよく纏まっていて大満足でした。萩原朔太郎、室生犀星が好きな人なら絶対手元に置きたい一冊。彼らを知ることで詩の意味も詩に対する見方も一段と深みのあるものになるはずです。