匿名 柿原 朋哉

柿原朋哉
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~「秘密は、あたしを自由にしてくれる。」匿名時代の若者の姿を描く~

こんにちはくまりすです。今回は、超人気YouTuber・ぶんけいさんこと柿原朋哉の渾身の初小説『匿名』をご紹介いたします。

story:

覆面アーティストとして活躍するFと、ファンアカウントでFの正体を追う友香ー。渋谷の屋上で命を絶とうとしていた越智友香を救ったのは、Fの歌声だった。Fへの思いが生きる原動力となった友香だったが、彼女は覆面アーティストだった。Fを追い続けた友香は、衝撃の事実を知ることになる。(「BOOK」データーベースより)

越智友香

人生に絶望し、全てを終わらせようと思っていた越智友香は、ビルの屋上で「F」の歌声を聞いた。彼女は、街を浄化するような心地よい歌声に魅了され、謎に包まれた女性歌手「F」を生きがいにするが…。

気がづいたときには、なぜか、泣いていた。音楽を聴いて涙を流す、こんな経験ははじめてだった。

自由に憧れて東京へ出てきたものの、なかなか理想通りにはいかない毎日。友香はどうしても正社員の職を得た友人や、輝いている先輩と自分を比べてしまいます。

社会人になって初めて「普通」に生きることがどれだけ大変か、現実の厳しさを実感しますね。学生の頃に描いていた夢の遠さに驚き、ショックを受けることも。でも、大切な人の存在や、生きがになるものがあると、毎日を頑張ろうと思えます。友香はこの瞬間に「F」というかけがえのない存在に出会ったのです。

新しい自分になって、新しい世界で出会った人たちと理想郷を築く。

すっかり「F」のファンになった友香は、他のファンと交流を持ちたいと思うようになりました。
別の人生を生きるのにも似た感覚で、匿名のアカウントを作り、自我を解放し、現実と切り離された居場所を作ろうとしました。

SNSは、全く関わり合いのなかった人間が対等な関係で繋がりを持てるところ。真っ新な状態で出会う為、その場所での言動や情報がそのひととなりを表すことになります。そこでは理想の自分になりきることが出来るかもしれません。ユートピアを築くことが出来るかもしれません。しかし、それはあくまでその場所限定の話。現実の自分と混同してはいけません。

最近Fと出会いました。とても救われたので、いつか彼女に会ってお礼を言いたいです

友香は、ファン心理と好奇心からSNS知り合った友人・アカネさんと一緒に、全てが謎に包まれた「F」の素性を探ろうとしますが…

F

過去を乗り越えてここまで来た。

昔から歌うことが好きだった少女は動画サイトで歌を披露してからガラリと人生が変わります。

田所さんの第一印象は悪くない、というかかなりよかった。

田所さんは、百八十センチ弱くらいある身長に清潔感のある服装、綺麗な肌にチャーミングな顔、それで気遣いが出来る芸能事務所のマネージャー。素敵ですね。彼は、フカミというハンドルネームで投稿した「歌ってみた」動画に彼女の可能性を感じオファーをしてきたのです。

フカミというハンドルネームを名乗るようになったとき、まるで生まれ変わったみたいだった。

人生をリセットしたかのように、新しい自分としてこの世に生を享けた。本当のあたしを知る人はいない。(中略)名前を変えるだけで意識も変わって、イチからやり直せることに驚いた

彼女は名前を変えることによって、過去の自分と決別したかったのでしょうか。
フカミは田所さんの導きにより、「F」と改名し、念願のメジャーデビューを果たしますが…。

感想

子供の頃に流行したゲーム機についていた「リセット」ボタン。これが私の「リセット」初体験なわけですが、今ではよく耳にする「リセット」という言葉も当時はあまり聞かなかったように思います。失敗を帳消しに出来るこの機能を使って、私は強い勇者を育てたものです。

今、コンピューター以外で一番この言葉と共に使われているのは「人生」ではないでしょうか。より良い人生を送りたいと思うのは当然のことで、ままならない現実の「人生」を「リセット」したいと思ったことがある人も多いはず。
どこで間違ったのか、どうすればよかったのか…。自ら犯した失敗や、自身の身に降りかかった不幸など、無かったことにしたい過去をまとめて「黒歴史」と表現することも。

インターネットが普及した現代は、多くの情報を事前に得ることにより、この「黒歴史」に繋がる失敗を減らすことが可能かもしれません。しかし、それによって一つ一つが重く感じられることもあるでしょう。また、今の傾向として、失敗によってタフさや反骨精神を鍛えるというところから、失敗を回避する繊細さを持つ方向にシフトしているようにも感じます。

人生を「リセット」することは出来ませんが、情報化社会の中で生きている我々はSNSのツールを使って「黒歴史」を持たない別人になることはできます。物語の少女達も過去と切り離した新しい自分になりたいという願望を持っています。その根底にあるのは協調性が求められる日本社会の生きづらさや、先の見えない将来への不安など、今のリアルな若者像と、彼らが直面している問題が見えてきます。

本当は何に絶望しているのか。彼らは繊細な心の内を少しずつ見せてくれる。
葛藤の中で、「友香」と「F」の気づきは、成長という名の新しい自分ではないだろうか。

著者:柿原朋哉(カキハラトモヤ)
1994(平成6)年、兵庫県洲本市生まれ。立命館大学映像学部を中退し、映像制作会社「株式会社ハクシ」を設立。二人組YouTuber「パオパオチャンネル」(チャンネル登録者140万人)として活動したのち、2022(令和4)年、『匿名』でデビュー(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)(「BOOK」データーベースより)
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