レペゼン母 宇野 碧

宇野碧
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~「親ってすごく鈍感な生き物だよ。自分の言動が子供にどんなに消えないインパクトを与えるか、わかろうとしない」~

こんにちはくまりすです。今回は宇野碧の『レペゼン母』をご紹介いたします。

story:

和歌山県の山間の町に住む深見明子。穏やかに暮らす明子の唯一の気がかりは、女手一つで育て上げた息子の雄大のこと。二度の離婚に借金まみれ、あげく妻を置いて家を飛び出すダメ息子に。いったい、私の何がいけなかったのか。そんな時、偶然にも雄大がラップバトルの大会に出場することを知った明子。「きっとこれが、人生最後のチャンスだ」明子はマイクを握り立ち上がるー!読むと母親に会いたくなること間違いなし!笑えて泣けてグッとくる、前代未聞のデビュー作!(「BOOK」データベースより)

「母とはかくあるべし」
誰もが持っている理想の母親像。もちろん母は聖母ではなく、親子のイザコザはどの家庭にもあることです。子供自身の体験と成長により、互いのわだかまりは少しずつ解消されていきますが、それでも心の隅にしこりが残っていたとしたら?

「正直、今までの二年間よりさっき荷台に乗ってた10分間の方がこの土地のことを学べたと思いましたよ」

新入りバイトが発した言葉が妙に心に残った。
この物語の主人公・明子は広大な梅畑の経営者。還暦を過ぎた今でも精力的に農園を切り盛りしています。シーズンを迎え、梅の収穫に忙殺される日々を送りながらも、その一方で、何かにつけて行方知れずの息子・雄大のことを思い出してしまい、暗澹たる気持ちに。
ある日、明子が仕事を終えて家に着くと、見慣れない封筒が届いていました。

思わず悪態が口をついて出る。
「あんの、くそバカ息子が!」

突然の督促状に明子は怒り心頭。

老いた母親にこの仕打ちは…。この雄大のダメっぷりが本当に酷くて、どのエピソードを取っても明子が気の毒でなりません。
そんな明子にとって毎日を明るく照らしてくれる存在、娘の沙羅がいました。明子は頼もしく気が利く沙羅に感謝と労いの言葉をかけようとしたのですが…

「…沙羅ちゃん、ほんまの娘でもないのにこんなにもやってくれて、何て言ったらええんか」
言い出した明子に沙羅が
「ほんまの娘じゃないからだよ」

意味深な言葉ですね。
本当の息子は行方知れずで、本当の娘ではない沙羅が明子と共にいることも家族の意味を考えさせられます。
沙羅の言葉の真意を確かめられずにいた明子。ある日、沙羅からラップのMCバトルに出たいと打ち明けられます。

ラップ

女だからってなめんじゃねえ
この腕一本
(中略)
そこらの男にゃ負けねえ
勝ちあがるぜ このマイク一本

初めて見るラップバトルに息を呑む明子。沙羅のラップに感心するも対戦相手の下品なセクハラまがいの言葉の羅列に腹が立って仕方がありません。明子は沙羅のリベンジの練習に付き合っているうちにラップに興味を持っようになります。若々しいお母さんで素敵ですね。

明子はその内、不満や怒りが沸き起こるとラップを口ずさむように
全く話が通じない上に、女を馬鹿にするハローワークの職員に対応された時は携帯電話をマイクに見立て車の中でディスることも。

経営歴は30年 私の力知ってるか
一ヵ月で稼いだ あんたの年収
あんたがぼんやり座ってる間にな
うちで雇うなら時給100円
百均に並んどけ役立たず

作中にはラップの語りが良く出てきますが、どれもパンチが利いていて面白い。腹立たしい事が起こっても明子の気っ風の良さにスカッとします。思わぬハプニングからMCバトルの出演も果たし、周りの度肝を抜いた明子。主催者からも一目置かれ、満更でもありません。
そんな時、警察から雄大逮捕の連絡があり…

感想

2016年時点で日本の母子家庭が123万世帯を超えたとのデータが厚労省から発表されました。女性が子育てをしながら家計を支えるのは大変で、大きな負担から母子共に深刻なストレスを抱えた家庭も増加傾向にあるとか。多様化する社会で親子の繋がりや家族の在り方をテーマにした小説や映画も数多く作られ、家族関係に悩みや関心を持っている人も多い事が窺えます。

この物語はすれ違う家族の姿を描いていますが、面白いのはシングルマザー明子視点の物語であり、息子は立派な成人男性というところ。息子の雄大は結婚しており、世間一般的には当然自立しているはずの年齢。にも拘らず、未だに反抗期の放蕩息子というから困ったものですね。明子がどこで子育てを間違えたのかと肩を落としながらも心のどこかで信じている姿は母親の愛を感じます。

前向きで、働き者で、こんな立派な母親なのに息子は親不孝者だと読者は思うわけですが、なぜそう思うかと言えばずっと母親目線で話が進むから。母の想いは暖かく、言い分は何も間違ってはいません。

しかし、物語のクライマックスのラップバトルでようやく息子の本音が聞けた時に一転、ガツンとやられてしまいます。息子の言葉は誰もが子供の頃に経験し、感じたこと。しかし、大人になると目線が変わりますから、不思議とそこに思い至らないんですね。社会経験が増えるにつれ、枠に囚われがちになります。個性に寄り添う関係を築くのはとても難しく考えさせられる物語ですが、同時にエネルギッシュな明子にパワーを貰えたりも。

ラッパー同士で対決するMCバトルは中傷合戦の側面もあり、「音楽であり口喧嘩であり、大喜利であり、ディスカッションであり、ドラマでもある」との名言もあるとか。
親子の強烈な本音のぶつけ合いは心に刺さる言葉の応酬。その想いに涙する。

著者:宇野碧(ウノアオイ)
1983年神戸市出身。旅、本、食を愛する。2022年『レペゼン母』で小説現代長編新人賞を受賞しデビュー(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)(「BOOK」データーベースより)
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