~圧倒的な筆力で人間を描き切る。辻村深月の恋愛小説~
こんにちは、くまりすです。今回は人気作家、辻村深月の「傲慢と善良」をご紹介いたします。
story:
婚約者・坂庭真実が姿を消した。その居場所を探すため、西澤架は、彼女の「過去」と向き合うことになる。「恋愛だけでなく生きていくうえでのあらゆる悩みに答えてくれる物語」と読者から圧倒的な支持を得た作品が遂に文庫化。《解説・朝井リョウ》(出版社より)
ミステリー
西澤架の婚約者、坂庭真実がある日突然姿を消した。彼女からストーカーに悩まされていることを聞いていた架は警察に通報するが、警察は真実が自分の意思で行方をくらました可能性が高いことを理由に捜査を行わないという。警察を当てにできない架は自ら動くことに。真実を連れ去ったと思われるストーカーの正体を突き止めるべく彼女の過去を辿るが…。
婚約者が突然姿を消すなんてよっぽどのことがあった証拠。自身の婚約者が危険にさらされているかもしれないと、彼女の部屋に飛んで行った架がそこで目にしたものは…
その部屋の中で、一際、視線が吸い寄せられた場所があった。
ドレッサーの上に、見覚えのある小箱が置かれている。(中略)
指輪のダイヤが、唖然とする架を見つめ返すように、静かに輝いていた。
警察は残された指輪が、架との婚約解消を意味していると捉えました。確かに目立つ場所に婚約指輪が置かれていたら、第三者としてはそういうメッセージだと考えてしまいますね。しかし、架はプロポーズの日の真実の喜びや、結婚を心待ちにしていて真実の笑顔を知っています。そんな彼女が自ら姿を消すわけはないと確信を持っていました。
ー架くん、ちょっと考えすぎかもしれないんだけど、私、誰かに見られている気がする。
「ひょっとしたらって思う人はいるけど、だけど、考えすぎかもしれない」
ストーカーは大変な問題ですが、架は当時、そこまで深刻には考えませんでした。
その話を聞いた時、もっと危機感を持つべきだった。架は後悔し、ストーカー男の手がかりを探しはじめます。そんな時、真実の両親から彼女が架と出会う前に婚活していた事実を聞かされます。
「ストカーになった相手が、その中にいるかもしれないということですか?」
真実の両親がひょっとしたら…と打ち明けてくれた真実の婚活の話。親御さんの勘は意外と当たるかもしれないですね。架は結婚相談所で紹介されたという男を探すべく相談所を訪れたのですが…。
婚活
架は人目を引くような顔立ちで、異性の友人も多く、女性にモテるタイプ。彼がまったくタイプの違う真実と出会ったきっかけは、婚活アプリでした。
少し前から、婚活など出会いの場として、出会い系アプリやマッチングアプリが人気ですね。肩肘張らずに多くの人と知り合い、選ぶことが出来るので、かしこまったところよりもハードルが低そうです。しかし、架にとって婚活は決して楽しいものではありませんでした。
恋愛の先にあるべきものが結婚だと思ってきたはずなのに、出会う女性出会う女性に、これまでの恋愛のような楽しさが感じられない。(中略)むしろ、恋の楽しさの対極に感じられた。
何かに似ているーと考えて、ああ、これって就活と似ているんだ、と気づいた。あの時の、試され、選ばれるように努力しながら、選ばれ、落とされーというしんどさと、どこか似ている。
結婚とは、人生の苦楽を共に分かち合うパートナーを決めることであり、その相手は自身にとってたったひとりのかけがえのない人のはず…。
架は相手を選びながら、自身も選ばれる対象であることに気づきます。それは想像していたロマンティックなものとあまりにもかけ離れていました。そしてどの女性に対してもピンとこなかったのです。
「ー婚活につきまとう『ピンとこない』って、あれ、何なんでしょうね」
真実に男性を紹介したという結婚相談所の小野里さん。多くの人生経験を積んできたことが伺える老婦人に自身の不安をぶつけてみたかったのでしょうか。架は小野里さんとの話の中で、ふと、こんな疑問を口にしました。
「ピンとこない、の正体は、…」
小野里さんの返事に、架は思わず息を止ます。その答えに戦慄しながらも思い当たることがある架。
あの感覚の正体を知った架は真実の行方を気にしながらも言いようのない気持ちに囚われ始める…。
感想
人生の節目の大きなイベントと言って真っ先に思いつくのは、結婚ではないでしょうか。相手によってはその後の人生が大きく変わる結婚、つい相手選びに慎重になってしまいますね。
架や真実も、結婚に向けて自分に合った条件の良い相手を見つけようとしますが、なかなかうまくはいきません。どうしても条件が先に立ち、恋愛感情が生まれにくいのかもしれませんね。今はSNSを介して人と繋がるためのツールが豊富で、その気になれば多くの人と出会うことも可能です。しかし、気軽に出会えるからこそ、選り好みをしたり、決め手に欠けたり。また、家族の意見も気になります。
この小説では婚活ですんなり相手を見つけられる人とそうでない人の違いや、人間の心理も生々しく描かれています。彼らは至って普通の、私たちと何ら変わりのない思考の持ち主ですが、その思考の正体を明確に表現することによって人間の本質や深層心理が垣間見え、戦慄を覚えます。「現代をうっすらと覆う病理のようなものを見事に言い当てていると感じた」朝井リョウの解説に思わずうなずいてしまいました。
現在の多様化社会では人々の結婚に対する考え方は大きく変化しています。内閣府の資料では2020年に単独世帯が全体の4割近くに上り、『配偶者や恋人がいない』20代男性は約7割、女性は約5割というアンケート結果も。また、結婚の意思がない人や経済的な理由で結婚をあきらめ気味の人、一人の気楽さに未練があり二の足を踏む人など、多くの若者が結婚に積極的になれないそうです。それでも「いい人」がいれば、「いい子」がいれば…。でも、その「いい人」っていったいどんな人なのでしょうか。
解説の朝井リョウは「何か・誰かを”選ぶ”とき、私たちの身に起きていることを極限まで解像度を高めて描写することを主題としている」とこの物語を評しています。
生きづらさを抱えた多くの人にー。著者からのメッセージが心に刺さります。
1980年2月29日山梨県生まれ。作家。千葉大学教育学部卒。2004年に『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞し、デビュー。11年『ツナグ』で第32回吉川英治文学新人賞、12年『鍵のない夢を見る』で第147回直木賞、18年『かがみの孤城』で第15回本屋大賞受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)(「BOOK」データーベースより)
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