爆弾 呉 勝浩

呉勝浩
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~「でも、爆発したって、別によくないですか?」正義と国民の命を懸けた駆け引きが今始まる~

こんにちは、くまりすです。今回は直木賞候補作品呉勝浩の「爆弾」をご紹介いたします。

story:

無差別爆破テロ。動機も目的もわからない。爆弾の在り処の手がかりは、容疑者と思しき中年男が出す“クイズ”のみ。限られたヒントしかない状況で、警察は爆発を止めることができるのか。狭小な取調室の中で、最悪な男との戦いが始まる。(「BOOK」データベースより)

スズキタゴサク

刑事の等々力功は、酒に酔った勢いで人を殴ってしまった自称スズキタゴサクという人物の取り調べをしていたが、何を聞いても酒のせいで覚えていないというスズキにあきれ果てる。さらに、自分には霊感があり、事前に事件を予知できると言い出す始末。しかし、彼が予知した場所と時間に爆発が起きる。スズキは自分は犯人ではなく、あくまで霊感だと言い張るが…。

「うーん、ちょっと何か。閃きそうな気がします。なんだろう。事件が起こる気配です。ああ、これはどこかなあ、秋葉原のあたりかなあ。」

たるんだ頬、ビール腹、気の抜けた愛想笑い。世の中を、人をなめきった態度でそう語るスズキ。
その風貌と態度から精神的に成熟していない大人を想像しますね。持って回った言い方も神経に障ります。

日本の首都で起こった爆破テロ事件。この凶悪事件にもちろん警察も黙ってはいません。警視庁からやって来たのは、交渉術や犯罪プロファイリングのプロフェッショナル清宮類家という男でした。

「たいへん申し訳ないですが、やっぱり駄目です。さっきから霊感が、ちっとも働いてくれなくて」

「霊感が不調なら、きちんと作動するように考えませんか。こちらも協力は惜しみません。何を用意したら治るのか、どうすれば治るのか、力を合わせて最善の方法を探しましょう」

仕掛けられた爆弾を見つけるために、刑事・清宮とスズキの手に汗握る水面下での駆け引きが始まった。
相手を煙に巻くような、つかみどころのない話を展開するスズキと豊富な経験をもとに思考を巡らせる清宮。清宮のプロファイリングはスズキに通用するのだろうか。

「では逆に、こういうのはどうでしょう。《九つの尻尾》というゲームをご存じですか?」

ゲームなどしている場合ではない。しかし、事件を解決するにはスズキの話を聞くしかない。こうして始まった「国民の命を懸けたゲーム」。
刻々と過ぎていく時間、謎が解けない苛立ち。極限まで張り詰めた緊張感。

「でも、爆発したって、別によくないですか?」

「人の心がなんとなくわかってしまう」というスズキの口から発せられる言葉、理論は正しいような気もしてきて…。聞く者の心理を不安にし、心の闇を開かせる彼の話術に刑事たちはスズキに取り込まれてしまうのだろうか?

「あはっ」

最初の爆発、これはほんの序曲に過ぎなかった。やがて恐ろしい事件の幕が開けるー。

登場人物

スズキに翻弄される刑事たち。しかし、スズキの主張に対して思うことは、立場や年齢によっても微妙に違う。彼らの社会での在り方や人生に対しての考え方、それぞれの人間模様がこの物語を深く面白くしている。

スズキ タゴサク
爆弾犯?

49歳・無職でメタボ体型
「我ながら不器用で、取り柄のひとつもない男です」

等々力 功
野方署のベテラン刑事

40代・署内で孤立している
「そうかな。人を傷つけて平気な顔をするやつを、おれは人間とは呼ばないけどな。」

対スズキ
「あなたのことが気に入りました。あなた以外とは何も話したくありません。そしてわたしの霊感じゃあここから三度、一時間後に爆発します」
「とりあえず、次の爆発がどこで起こるか教えてくれよ」

清宮 輝次
警視庁捜査一課
特殊犯捜査係

交渉術や駆け引きの訓練を積んだプロフェッショナル
ロマンスグレーの中年紳士
「おもしろそうだ。ぜひ、そのゲームをはじめましょう。」

対スズキ
「答えませんよ。ちゃんと質問してくれるまで」
「すごいです。こんな人初めてだ!みんなこのトリックに、たいてい一度は引っかかるのに」

類家
警視庁捜査一課
特殊犯捜査係

清宮の部下・大きめの背広に真っ白なスポーツシューズという一風変わった服装の若者。天然パーマ。丸い眼鏡をかけている。
「何卒。どうかひとつ、男と男の約束で」

対スズキ
「不健康そうな身体してますもんね、刑事さん」
「今度鏡をプレゼントします。それとわたしは類家ですよ、スズキさん」
「すみません、ど忘れです。なんせこのオツム、間抜けなタゴサクですもんで」
「知ってます」

伊勢 勇気
野方署の若手刑事

取調室の記録係。
死ねばいいんだ。合わせられないのなら。

対スズキ
「とんでもない。わたしは鈍行ですよ、鈍行。頭からお尻まで、首尾一貫してのろまな野郎なんです。こんなのと比べたら、刑事さんはポルシェとかフェラーリなんでしょう」
「鈍行列車、おれはわりと嫌いじゃないよ」

鶴久 忠尚
野方署の刑事

等々力の上司。課長。
「おまえごときに扱える事件じゃないんだ」

幸田 沙良
沼袋交番の刑事

二十代の女性刑事
「だって悔しいし、刑事の勘とか、やっぱ憧れるし」

矢吹 泰斗
沼袋交番の刑事

沙良の三個上の先輩
「ま、手柄の横取りなら、おれは身内にやられたけどな」

細野 ゆかり
大学生

内気な性格
「いま、この街に隕石が落ちてしまえばいいのに。」

感想

最初からエンディングまでノンストップで繰り広げられるサスペンスと人間味あふれる登場人物。そして、ゲーム感覚で爆弾テロを行うスズキタゴサクとの心理戦。すぐにでも映画化されそうなエンターテイメント性溢れる面白い小説だった。

スズキタゴサクは相手の本質を見抜く力に長けている男。その巧みな論理は、ある意味間違っていないようにも思え、耳を傾けている内に不快感や、不安感などが芽生えてくる。人間の深層心理を深くえぐる一方で、彼は人の命を平気で弄ぶサイコパス的性格を持ち合わせているからやっかいですね。
また、巧みな話術を持ちながらもコミュニケーションが上手とは言い難いところも。

しかし、彼だけが特殊かといえば、実はそういうわけでもなく、現実世界でもスズキタゴサクのように頭の回転が速く、ロジカル思考だが、コミュニケーションを苦手とする人が増えているらしい。
インターネットを利用して育っている世代はその傾向が強く、この物語では警視庁の類家がその代表として描かれている。しかし、じゃあ、その違いは何なのかというのも注目したいところ。

スズキタゴサクのような思考はある意味、孤独な現代人が陥りそうな危険な考え方で、厳しい現実に直面すると間違った自己完結をしかねない。尚且つ、SNSなどで矛盾した社会への怒りなどを発信するとその説得力に同調する人も表れ、さらに固執した考え方になる危険性も。

生きづらさにあえぐ人が増えている現代社会で、もしスズキタゴサクのような怪物に出会ったらどうだろうか。人の心のスキをつく言葉に翻弄されないような経験や感動が必要だろう。

著者:呉勝浩(ゴカツヒロ)
1981年青森県生まれ。大阪芸術大学映像学科卒業。2015年、『道徳の時間』で第61回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。’18年『白い衝動』で第20回大藪春彦賞受賞、同年『ライオン・ブルー』で第31回山本周五郎賞候補、’19年『雛口依子の最低な落下とやけくそキャノンボール』で第72回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)候補、’20年『スワン』で第41回吉川英治文学新人賞受賞、同作は第73回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)も受賞し、第162回直木賞候補ともなった。’21年『おれたちの歌をうたえ』で第165回直木賞候補(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)(「BOOK」データベースより)
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