52ヘルツのクジラたち 町田 そのこ

町田そのこ
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~あたしは、あんたの誰にも届かない52ヘルツの声を聴くよ。いつだって聴こうとするから、だからあんたの、あんたなりの言葉で話しな。~

こんにちはくまりすです。今回は本屋大賞受賞作品町田そのこ52ヘルツのクジラたち』をご紹介いたします。

story:

52ヘルツのクジラとは、他のクジラが聞き取れない高い周波数で鳴く世界で一頭だけのクジラ。何も届かない、何も届けられない。そのためこの世で一番孤独だと言われている。自分の人生を家族に搾取されてきた女性・貴瑚と、母に虐待され「ムシ」と呼ばれる少年。孤独ゆえ愛を欲し、裏切られてきた彼らが出会い、魂の物語が生まれる。2021年本屋大賞第1位(「BOOK」データベースより)

出会い

明日の天気を訊くような軽い感じで、風俗やってたの?と言われた。フウゾク。一瞬だけ言葉の意味が分からなくてきょとんとし、それからはっと気付いて、反射的に男の鼻っ柱めがけて平手打ちした。

初対面の女性に随分失礼なことを言う男もいるものです。
この物語の主人公・貴瑚(きこ)は越してきた早々、無神経な物言いをする業者の男・村中眞帆(まほろ)に腹を立てますが、どうやらこの田舎の集落では、よそ者の女性に対して様々な噂が飛び交っているよう。

「あんた、人生の無駄遣いやがね」

貴瑚が買い物に出かけた近所の商店で突然、掛けられた言葉。都会と田舎では人間関係の距離感が違うと聞きます。親密な人づきあいがおせっかいに感じられることも。貴瑚は人の心に土足で踏み込むような言葉に怒りが収まりませんが、わざわざ農村部で暮らそうとする単身の若い女性に集落のおばさんたちが興味を持ってしまうのもわかる気がします。

驚いて顔を上げると目の前にジーンズを穿いた足がにゅうと伸びていて、もっと見上げると、飛んでいったはずのわたしの傘を差した女の子がいた。(中略)
喋れないのだろうか。無意識に少女を観察していたわたしは、シャツの袖の奥を見て一瞬息を呑む。ちらりと、見慣れた色を見つけた気がした。

目の前に突然現れた一人の少女に驚く貴瑚。その子供の腕に昔の記憶を呼び覚ます印を見つけます。
少女の置かれた状況は察せられますが、事情や状況が不確かなうちは軽率な判断は禁物ですね。おせっかいの村人たちはこの少女の事をどう思っているのでしょうか。果たして、貴瑚の取った行動は…

「これはねクジラの歌声だよ」
少年の眉が微かに持ち上がる。
「驚いたでしょう。クジラはね、海中で歌を歌うようにして仲間に呼びかけるんだって」
(中略)
「すごいよね。あんなに広大で深い海の中で、ちゃんと仲間に声が届くんだよ。きっと、会話だってできてる。この声の子は、なんて言ってるんだろうね」

時折、生きづらさを感じる貴瑚。そんな夜はクジラの歌声を聴いて心を落ち着かせ、乗り越えてきました。
クジラの鳴き声は癒しの効果があり、まるで語りかけてくるようなおだやかな声なんだそうです。どんな声か興味が湧いてきますね。少年にクジラの話をする貴瑚の姿が印象的です。

「わたしね、寂しくて死にそうなときに、聴く声があるんだ」

クジラの中でも特別な鳴き声。
貴瑚はそのクジラと自身の運命を重ねてきたのだと言いますが…

感想

1989年、冷戦期に米海軍が極秘で運用していた海中探査システムが、太平洋で52ヘルツの正体不明の音源を検知しました。2000年に著名な鯨類学者のワトキンスはこの音源の正体はクジラだと報告、普通のクジラとは異なる周波数であることから「52」と名付けられました。クジラは鳴くことでコミュニケーションを取る生き物ですが、この「52」の呼び掛けに応える声は過去に一度も記録されていないそうです。いくら呼び掛けても返事をもらえず、孤独に大海原を泳いでいるクジラの姿を想像するととても悲しいですね。

この物語の主人公・貴瑚や愛はまさにこのクジラのごとく、社会の大海原で孤立しているわけですが、本人はそれを自覚していない姿が印象的です。閉鎖的な家庭の空間での出来事は外から見えずらく、なかなか明るみに出てきません。しかし、それよりも本人が異常な環境であることを認識していなかったり、愛情を感知するフィルターが歪んでいたりと、降りかかる不幸が自身の責任であるかのように考えてしまうのは、社会に出ていない子供には仕方のない事で、説得力があり、とてもリアル。また、歪んだ人間関係により、人を測る指針が歪むのは想像に難くありません。人を見る目を育まれなかったことにより悪循環に陥っていく様にハラハラします。

周りの善意や悪意に全く気付かなかったり、内に閉じこもってしまったりと世間との感覚のズレに読者はもどかしく思ったり、心を痛めたりするかもしれませんが、それはこの世界が主人公の視点のみで描かれているからではないでしょうか。読者が主人公の壮絶な人生を体験することにより見えて来るものが沢山あります。
この物語は社会の問題を発信すると同時に、実際に同じように周りに聞こえない声を上げている人達へ呼びかけているようにも感じられました。

「52」は声だけは観測されているものの、いまだその姿が発見されたことはないとのこと。主人公のように「52」に自身を重ねる人もいるかもしれません。しかし、広い大海原にはきっとこのクジラと共鳴できる仲間がいる。そう信じさせてくれる物語でした。

著者:町田そのこ(マチダソノコ)
1980年生まれ。「カメルーンの青い魚」で第15回「女による女のためのR-18文学賞」大賞を受賞。2017年に同作を含む『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』でデビュー(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)(「BOOK」データベースより)

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宙には、育ててくれている『ママ』と産んでくれた『お母さん』がいる。厳しいときもあるけれど愛情いっぱいで接してくれるママ・風海と、イラストレーターとして活躍し、大人らしくなさが魅力的なお母さん・花野だ。二人の母がいるのは「さいこーにしあわせ」だった。
宙が小学校に上がるとき、夫の海外赴任に同行する風海のもとを離れ、花野と暮らし始める。待っていたのは、ごはんも作らず子どもの世話もしない、授業参観には来ないのに恋人とデートに行く母親との生活だった。代わりに手を差し伸べてくれたのは、商店街のビストロで働く佐伯だ。花野の中学時代の後輩の佐伯は、毎日のごはんを用意してくれて、話し相手にもなってくれた。ある日、花野への不満を溜め、堪えられなくなって家を飛び出した宙に、佐伯はとっておきのパンケーキを作ってくれ、レシピまで教えてくれた。その日から、宙は教わったレシピをノートに書きとめつづけた。
全国の書店員さん大絶賛! どこまでも温かく、やさしいやさしい希望の物語。(出版社より)
読書ブログはコチラ☛『宙ごはん』町田そのこ
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