地図と拳 小川 哲

小川哲
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~地図の歴史は人類の歴史だった。圧倒的スケールで描かれたSF歴史小説~

こんにちは、くまりすです。今回は直木賞受賞作品、小川哲の「地図と拳」をご紹介いたします。

story:

「君は満洲という白紙の地図に、夢を書きこむ」日本からの密偵に帯同し、通訳として満洲に渡った細川。ロシアの鉄道網拡大のために派遣された神父クラスニコフ。叔父にだまされ不毛の土地へと移住した孫悟空。地図に描かれた存在しない島を探し、海を渡った須野…。奉天の東にある“李家鎮”へと呼び寄せられた男たち。「燃える土」をめぐり、殺戮の半世紀を生きる。(「BOOK」データベースより)

李家鎮

ひとつの都市が現われ、そして消えたー。
大日本帝国によって作られた幻の国「満州国」をご存じでしょうか。傀儡国家と言われたこの国はわずか13年で消滅しました。
この『地図と拳』は、この満州を内側から描いた物語。
日清戦争後から第二次世界大戦までの満州の歴史が、国に戦争に翻弄された男たちの姿を通して見えてきます。

阿片戦争や日清戦争を経て、かつて「眠れる獅子」との異名をとった清は日本、ロシア、西欧列強国により分割支配され、半植民地化状態に陥っていました。民衆の貧困はますます悪化し、列強や清に対する不満が様々な動乱、反乱という形になって表れた頃、民衆の間である桃源郷の噂がまことしやかに囁かれるようになったのです。

伯父が東北(トンペイ)にある李家鎮(リージャジェン)という理想郷の話をした。夏は涼しく、冬は暖かく、あたり一面に黄金のなる木が自生しており、そのおかげで夜も眩いほどに光っている。肥沃な土地からはあらゆる農作物が収穫できる。李白の子孫が政を務め、街のすみずみまで平和と活気が行き届いている。

青島で店を営んでいた楊日綱(ヤンリーガン)の両親はこの理想郷に行く予定だという伯父の話に乗り、一家で李家鎮に移住しました。しかし、突然彼らの店は奪われ、教会に変わってしまいます。怒りに燃えた楊日綱は千里眼を持つという李大綱(リーダーガン)の武術道場に入門し、この国を破壊しようとする巨大な力に「拳」で戦う覚悟を決めるのでした。

「土には三種類ある。一番偉いのが『作物が育つ土』で、二番目が『燃える土』。どうにも使い道のないものが『燃えない土』だ。『燃える土』は作物を腐らせるが、凍えたときに暖をとれる。だが、『燃えない土』はどんな用途にも使えない。死体と同じだ」

日露戦争への緊張が高まる中、ロシアの動向を探る任務の通訳として清を訪れていた細川。彼はハルビンへ向かう船上で李家鎮の村から来たという男の話を聞き、興味を持ちました。細川は『燃える土』に有益な資源の存在を確信し、李家鎮に向かいます。

「これからは、鉄道が都市を作る時代だ。(中略)我々は鉄道を使って都市を作る。区画を整備し、人々を集める。君たちの作った地図から路線が選ばれることを忘れないでほしい。鉄道が都市を作るのであれば、その鉄道を作るのが地図だ。つまり、君たちの作った地図が都市を生むのだ」

ロシアの宣教師クラスニコフは鉄道計画のための測量チームの一員として、満州を訪れていました。測量の任務が終わった後も李家鎮で布教活動を行い、信徒を増やしていたクラスニコフ。しかし宣教師を憎む義和団匪賊に襲われます。命からがら逃れたものの倒れた青年の事が気になり、村へ戻るのですが…

(google mapより編集・満州の範囲・各都市の場所はおおよそです・南満州鉄道は長春~旅順)

地図

「黄海にあるとされる青龍島という小さな島が実在するかどうかを調査して欲しい」

ある日、気象学を研究していた須野のもとに南満州鉄道株式会社(満鉄)から奇妙な依頼が舞い込みました。それは、青龍島なる島が記載されている不思議な地図の真偽を確かめる調査でした。もし仮に、そんな島が実在するのならば、戦略的にきわめて重要になります。満鉄側の難しい要求に、いつしか須野は地図に取りつかれたように没頭していきました。そんな時、彼の前に突然細川という男が現れます。

「きみは満州という白紙の地図に、日本人の夢を書き込む」

細川は須野に満州の地図上に理想の国家を作り上げて欲しいと言いました。須野は青龍島の調査と並行して、満州の地図に路線を敷き架空の都市を作り始めることになったのですが…。

人類は古来、まだ見ぬ世界に何かがあると空想し、それを地図に記してきた。

青龍島は本当に存在するのか。そして、地図とは何か。男たちの運命の歯車が回り始めます。

感想

戦後から奇跡の復興を遂げた日本。あれから70年以上経った今、国民の8割以上が戦争を知らない世代になりました。戦争について見聞きする機会が減り、終戦記念日すら知らない若者も多いそうです。しかし、戦争の生々しい記憶が薄れてきている反面、戦争について客観的に考えられるようになったとも言えるのではないでしょうか。

著者の小川哲自身も戦争を知らない世代。『地図と拳』を書くにあたって「なぜ過去の人たちは戦争をしたのか」という問いがあると言います。その答えを求めるため、この『地図と拳』には日清戦争後から第二次世界大戦までの満州に影響を及ぼした出来事が網羅されています。また、それぞれの出来事を紐解きながら時系列に展開されるストーリーは時代の流れを捉えやすく、歴史のあらましを知らなくても物語を楽しむことができます。

(『地図と拳』読書ガイドより)

日本、清、ロシアそれぞれの事情を抱える複数の人物の視点で描かれたこの物語は、絡み合った思惑が交差してスリリングな展開になっていく。義和団や抗日ゲリラの事件、満州国の都市計画に関わる人々の姿などが重点的に描かれ、その時の満州の張り詰めた空気をリアルに感じられます。特徴的なのは、どの国の人々も満州の未来を信じて前向きに戦っているという事。方法や手段は違えど、この国に理想を夢見た男のロマンが感じ取れます。

エンタテイメント性溢れる歴史小説でもあり、著者の「なぜ」を追求した戦争小説でもある。
「フィクションで体験するのも一種の反戦活動になると思う」
膨大な資料をもとに生み出されたこの『地図と拳』は著者のこんな願いが込められていると言う。
著者はまさしく今の世代の代弁者であり、この小説はロジカルな思考で描かれた歴史小説と言ってもいいかも知れません。
戦争を知らない世代にこそ読んで欲しい物語です。

著者:小川哲(オガワサトシ)
1986年千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。2015年に『ユートロニカのこちら側』で第三回ハヤカワSFコンテスト“大賞”を受賞しデビュー。『ゲームの王国』(2017年)が第三八回日本SF大賞、第三一回山本周五郎賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)(「BOOK」データベースより)
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