~現役医師として新型コロナを目の当たりにしてきた人気作家が満を持して描く、コロナ禍の医療現場のリアル~
こんにちは、くまりすです。今回は作家と医師の2つの顔を持つ知念実希人の『機械仕掛けの太陽』をご紹介いたします。
story:
これは未知のウイルスとの戦いに巻き込まれ、“戦場”に身を投じた3人の物語ー大学病院の勤務医で、シングルマザーの椎名梓。同じ病院に勤務する20代の女性看護師・硲瑠璃子。引退間近の70代の町医者・長峰邦昭。あのとき医療の現場では何が起こっていたのか?自らも現役医師として現場に立ち続けたからこそ描き出せた圧巻の物語。(「BOOK」データーベースより)
未知のウイルスとの全面戦争
2020年、未曾有の災禍に見舞われ、私達の生活が一変しました。ソーシャルディスタンス、ステイホーム、個食、ガラリと変わった日常に心身ともに健康を脅かされ、新しい生活様式になかなか馴染めなかった人も多いでしょう。今までの常識が覆され、前例も情報もない未知の敵に政治家、医学有識者を含む全ての人が右往左往していたように思います。
しかし、そんな状況の中、私達の想像をはるかに超える厳しい環境でこの敵と戦ってきた人達がいました。あの時、何が起こっていたのか。この物語は自らを省みず、この危機を乗り越えようと最前線で戦った人々と医療現場の記録とも言えるリアルな物語です。
「なにかの間違いじゃないのかな。発症よりずっと前に、他人に感染させるなんて」
大学病院の医師、椎名梓は新型コロナが症状の出る三日前から大量のウィルスを排出し、感染を広げるというドイツの論文に半信半疑でした。なぜなら、SARSやMARSなどは症状が進んで肺炎が悪化してから大量にウィルスをばら撒くようになるからです。
TVでも専門家やアナウンサーが説明されていました。インフルエンザウイルスや通常の風邪のウィルスなどは症状が出ている時に感染力が最も強いのですが、新型コロナウィルスは潜伏期間が長く、発症前・直後が特にウイルス量が多くなるという特徴がありました。ここが今までの風邪ウィルスと違う所で、爆発的に感染が広がった原因のひとつだと考えられています。
「最初の症状が軽くても、時間が経つにつれて肺炎を起こすことがあるのか。…やっかいだな」
町医者の長峰邦昭はクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号で発生した新型コロナの情報を知り、感染力の強さとやっかいな特徴に不安を募らせていました。
記憶に新しいダイヤモンド・・プリンセス号のニュース。海外で多くの死者を出しているウィルスがとうとう日本もに…と世間に衝撃をました。
具体的には「COVID-19」は病気の名前であって、日本では「新型コロナウイルス感染症」と呼ばれています。一方、病気を引き起こす病原体「新型コロナウイルス」の正しい名称は「SARS-CoV-2」なんですね。ちょっとややこしいですね。
そんな時、長峰の医院に通っている患者の町田さんが来院。
「医院はコロナが…危ないと…思って」
息苦しさを訴える町田さんは、重度の肺炎を起こしていると思われました。新型コロナの感染を恐れて通院を控えていたため重症化したのです。
「先生、その観光客は湖北省から来ているんですか?そもそも、本当に中国人観光客だったという確証があるんですか?」
町田さんは飲食店で中国人との接触が疑われたため、まず陰性であることを証明しなければ入院出来ませんでした。保健所に問い合わせるも、確実に湖北省にいた人物と接触した人でなければ受けられないとPCR検査を断られ…
保健所に電話してもなかなかPCR検査を受けられなという噂は確かにありました。こんな感じだったのですね。もちろん色々な理由がありますが、PCR検査は時間と手間がかかります。この時の混乱が蘇っていきます。
感想
時系列で綴られる新型コロナとの闘いの物語は、この2年間の記憶をまざまざと蘇らせるものでした。
2年前のコロナ禍の最中、まさにこの物語の舞台である医療最前線の現場を映したドキュメンタリー番組を観ました。新型コロナは全国に感染拡大し、有名人が亡くなったことをきっかけに、ウィルスの恐ろしさを国民が理解しつつあるタイミングでした。確かコロナの治療に使われた「ECMO(エクモ)」などの話題を家族で話したのを覚えています。
しかし、理解しつつあるという感想がまさにこの物語のリアルを表しているのではないかと思います。以後、テレビやネットなどで新型コロナのニュースを昼夜を問わず伝え続け、マスク社会の新しい生活様式に変化していきました。しかし、私の周りでは新型コロナに罹ったという人はおらず、人づてに感染者の情報を聞いたり、日に日に増え続ける感染者数の数値を見て、見えない何かが忍び寄ってくる感覚に恐怖を感じていたというのが本当のところです。
そして、恐怖を感じていても本当の意味での実感はしていなかったのでしょう。職場で新型コロナの濃厚接触者の疑いを持たれた際に、周りの態度の変わりようにとても驚きました。結局、何事もなかったのですが、その時のショックは今でも覚えています。もし本当に濃厚接触者であったなら、コロナに罹患していたなら一体どんなつらい思いをすることになったのでしょうか。そして、そういう思いをした人はきっと多いはずです。目に見えないものというのは本当に厄介ですね。
物語の中で医療現場の看護師がと外との温度差に愕然とする場面がありますが、私は外側の人間だったなと、ちょっとほろ苦い気持ちで読みました。
著者は「作家であると同時に、新型コロナ診療にかかわり、その現場を目の当たりにしてきた医師でもある私がその記録を小説という形で残すことは自らの義務と考え、筆をとりました。」と語っています。
この物語はパンデミックによって実際に起こった情報の錯綜、人間の身勝手さ、また繋がりや強さ、優しさなどが描かれています。同時に恐怖と混乱の中、懸命に戦い続けた医療従事者たちのドラマがありました。
果てしなく続くと思われるこの戦いも、きっと報われる時が来ると信じたい。粘り強く、油断することなく日々を過ごしていきたいと思います。
1978年、沖縄県生まれ。東京都在住。東京慈恵会医科大学卒。2011年、第四回島田荘司選ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を「レゾン・デートル」で受賞。12年、同作を改題、『誰がための刃』で作家デビュー(19年『レゾンデートル』として文庫化)。「天久鷹央」シリーズが人気を博し、15年『仮面病棟』が啓文堂書店文庫大賞を受賞、ベストセラーに。『崩れる脳を抱きしめて』『ひとつむぎの手』『ムゲンのi(上・下)』『硝子の塔の殺人』で、本屋大賞四度ノミネート(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)(「BOOK」データーベースより)
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story:眠りから醒めない謎の病気“特発性嗜眠症候群”通称イレスという難病の患者を3人も同時に担当することになった神経内科医の識名愛衣。治療法に悩んでいたのだが、沖縄の霊能力者・ユタである祖母の助言により、魂の救済“マブイグミ”をすれば患者を目覚めさせられると知る。愛衣は祖母から受け継いだユタの力を使って患者の“夢幻の世界”に飛び込み、魂の分身“うさぎ猫のククル”と一緒にマブイグミに挑むー。本屋大賞にノミネートされた超大作ミステリー、待望の文庫化!(「BOOK」データベースより)