受け入れなくてはいけない。
けれども、こちらがずっと我慢している必要もない。
こんにちは、くまりすです。今回は伊坂幸太郎が社会問題に切り込んだ本屋大賞ノミネート作品「フーガはユーガ」をご紹介いたします。
story
常盤優我は仙台市内のファミレスで一人の男に語り出す。双子の弟・風我のこと、幸せでなかった子供時代のこと、そして、彼ら兄弟だけの、誕生日にだけ起きる不思議な現象、「アレ」のことー。ふたりは大切な人々と出会い、特別な能力を武器に、邪悪な存在に立ち向かおうとするが…。文庫版あとがき収録。本屋大賞ノミネート作品!(「BOOK」データベースより)
双子の不運
冒頭から、これはイヤミスかと身構えてしまうくらいの虐待シーン。
常盤優我と双子の弟、風我。
彼らの子供時代は、二人で運命を共有することで、なんとか生き延びることができるくらい不運な境遇だった。
そして二人は子供だから、与えられた境遇を受け入れるしかなかった…というやられっぱなしの展開にはならない。
彼らは二人だけが共有する秘密の”武器”があったのだから…
勉強が出来て冷静な優我と、運動神経が良く喧嘩っ早い風我のコンビがとても魅力的。彼らは強いのか弱いのか、わからないくハラハラさせられるが、肩の力の抜けた会話は笑いを誘う。
「やられても、タダで済ませるしかない相手。あの男にはずっと、ただで済ましてきてやったのだ。」
やるときはやる強さもかっこ良く、物語をSF風にすることによって重いテーマもそこまで暗くならずに読める。
「このカードにも活躍の場があってもいいのではないか」
ジョークとも本気ともとれるテンポの良い会話の中にドキッとする言葉も混じり、人生の戦い方のヒントを得た気分である。
信頼できない語り手
この物語は双子の一人優我が過去を語るという形式で物語は進行する。そして、この語り手の優我は「信頼できない語り手」つまり、嘘もつく語り手である。
優我は自ら嘘が混じっていることを宣言してから話し始めるので、読者はどこに嘘が隠れているかを考えながら読むことができる。だったらすぐわかるのではないかと思うだろうが、そこはこの著者の手腕によって、もちろん一筋縄ではいかない。
何故なら嘘があると構えながら読むことで、優我と風我の運命に不安を感じてしまう。彼らの活躍に夢中になればなるほど、一言一言に不安が頭をよぎり、彼らの幸運を願わずにはいられない。
「僕の弟は結構僕より元気です。」
そう、最初から著者の手中にあるのだ。
感想
著者の伊坂幸太郎は押しも押されぬ人気作家ですね。
ユーモアあふれる文章は読みやすく、ページをめくるたびに笑いを提供してくれます。それでいて、物事の別の角度からの見方にハッとさせられることも度々ありました。
また、文章構成も仕掛けがあり、やっぱり騙されてしまいます。むしろこの著者の場合、騙されたいがために読んでいるところもあるのですが…
登場人物たちはいわゆる善人とはちょっと違う、悪い事、してはいけないこともたくさんするのですが(そこは小説なので)、ここは絶対超えてはいけないという境界線もはっきりしています。そういう個性が人間らしく、滑稽な所もありつつも、たくましい印象を受けました。
著者の作品はわりと気楽に読めるイメージだったのですが、この物語は結末を知るのが怖くもあり、読み進むにしたがって不安がどんどん膨んで、最後は祈るような気持ちでページをめくりました。
著者も悩んだこの結末。あなたはどう感じるでしょうか。
1971年、千葉県生まれ。2000年『オーデュボンの祈り』で第5回新潮ミステリー倶楽部賞を受賞し、デビュー。04年『アヒルと鴨のコインロッカー』で第25回吉川英治文学新人賞、「死神の精度」で第57回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。08年『ゴールデンスランバー』で第5回本屋大賞および第21回山本周五郎賞を受賞。20年『逆ソクラテス』で第33回柴田錬三郎賞を受賞(「BOOK」データベースより)