~「多様性、という言葉が生んだものの一つに、おめでたさ、があると感じています。」波紋を呼んだベストセラー小説~
こんにちはくまりすです。今回は人気作家・朝井リョウの話題作『正欲』をご紹介いたします。
story:
自分が想像できる“多様性”だけ礼賛して、秩序整えた気になって、そりゃ気持ちいいよなー。息子が不登校になった検事・啓喜。初めての恋に気づく女子大生・八重子。ひとつの秘密を抱える契約社員・夏月。ある事故死をきっかけに、それぞれの人生が重なり始める。だがその繋がりは、“多様性を尊重する時代”にとって、ひどく不都合なものだった。読む前の自分には戻れない、気迫の長編小説。第34回柴田錬三郎賞受賞!(「BOOK」データベースより)
事件
今は多様性の時代である。「個性を尊重しよう」とばかりに書籍や映画・ドラマ・アニメなどのエンターテイメントの分野でも多様性をほのめかした作品が数多く見受けられます。サブリミナルとして目に飛び込んでくるこのテーマは、国民が取り組むべき課題のようにも感じられ、流されるままに理解を示している人が多いのではないでしょうか。
多様性、という言葉が生んだものの一つに、おめでたさ、があると感じています。
(中略)
これらは結局、マイノリティの中のマジョリティにしかあてはまらない言葉であり、話者が想像しうる”自分と違う”にしか向けられていない言葉です。(後略)
この物語はあるマイノリティの方の心の叫びから始まります。多様性を謳う社会に対して切羽詰まった様子で訴えていますが、はっきりとその意味を掴みとることはできません。これらの文章から感じられるのは、わかった気にならないで欲しい、ほっといて欲しい、そんなあきらめにも似た懇望でした。
「今回の事件の怖いところは、東京都内で補導された少年が矢田部の名前を挙げなければ、おそらく今後も明らかになることはなかっただろうという点です。それくらい、情報コントロールが徹底されていたのです」
2019年7月、ショッキングなニュースが世間を騒がせます。耳をふさぎたくなるような内容に憤る人や嫌悪する人。知人たちは常軌を逸する事件に憶測をめぐらせますが…
果たしてこの事件の裏にはいったい何があるのか。あなたは、概念を揺るがす衝撃の事実に耐えられますか?
登場人物
この物語を構成する5人の登場人物。
それぞれの考え方や、見ている社会の風景は全く異なります。誰に共感し、理解するのかは人それぞれ。彼らのどの主張も正しいように思われますが…。
寺井 啓喜(てらい ひろき)
検事・妻と小学生の息子の3人暮らし
・不登校で引きこもりの息子の将来を心配している。
・この人は、出会った意見にすぐにもたれかかるような危うさがある。その危うさは、まさに、学校なんて不要だと胸を張り始めたそれぞれの息子たちに似ている。
息子・泰希に対して思う事
・啓喜は思う。泰希が今やっていることは、生きているだけで自然と享受でき得る幾つもの社会的な繋がりを自ら断っていることと同義だと。そして、つくづく思う。社会的な繋がりとは、つまり抑止力であると。
桐生 夏月(きりゅう なつき)
独身・実家で暮らし
・ショッピングモールに入っている寝具の専門店で働いている
・「地球に留学してるみたいな感覚なんだよね、私」
・「いつか、何かのきっかけで、これまで築いてきたものなんて全部壊れるだろうって思ってるもんね、私たちは」
佐々木 佳道(ささき よしみち)
桐生夏月の同級生
・食品会社に勤めている
・生き抜くために手を組みませんか
・「いなくならないから、って、伝えてください」
神戸 八重子(かんべ やえこ)
大学生・兄がいる
・学際の実行委員。繋がりをテーマに『ダイバー・シティフェス』の開催を目指す
・「うちの大学にもきっと、誰にも言えない状況で悩んでる人っていっぱいいると思うんです。そんな人たちが、今日の私みたいに、その悩みについて話せる人と繋がれたら、それだけで少しは楽になると思う。」
諸橋 大也(もろはし だいや)
大学生(神戸八重子と同じ大学)・イケメン
・人づきあいがよくない
・「お前らが大好きな”多様性”って、使えばそれっぽくなる魔法の言葉じゃねえんだよ」
感想
紆余曲折を経て開かれた2021年の東京オリンピック。このスポーツの祭典には2つの史上最多があったそうです。一つは日本のメダル獲得数で、各選手の頑張り、活躍が実を結んだ結果となりました。もう一つは、性的マイノリティー(LGBTQ)であることを明かして参加する選手の数が過去最多だったこと。その数は前のリオ大会の2.5倍にもなったとか。
以降、日本は国際社会の一員として「差別のない社会」を目指すべく、様々な法整備に取り組んでいます。それと共に多様性というキーワードが国民にも広く浸透。多様性は国際社会ではダイバーシティという言葉で、ビジネスシーンなどでも当然の権利として既に確立しているそうです。
個性を認め合う社会。とても良い響きですね。これでマイノリティで悩んでいる人々が生きやすい社会になっていくような気がします。しかし、もしかするとそれはマジョリティに属する側が理想とする多様性ではないでしょうか。
この物語は、多様化社会が目指す「他者と共存しながら自分らしく生きること」の難しさが描かれています。個性の限界。思い込み。圧倒的マジョリティによる都合の良い多様性。核となるテーマはデリケートな問題で、タブーに踏み込んだようにも感じられますが、この問題をタブー視すること自体が上辺だけの多様性であると言うわけです。
マイノリティのための多様のはずが、その選別をマジョリティの常識を基準にするのはどうだろうか。かと言って、なんでも受け入れるというのも違う気がします。結局どこかで線引きをすることに。
「個性」とは経験や価値観など、その人特有の性質を指すものであって、ただ単に「違い」と認識してしまうと、比較の対象として格差や優劣が生じてしまうかもしれません。
協調性を重んじる日本の教育を受けてきた私たちは個性についてあまり深く考える機会がありませんでした。社会の変化に応じて、これからは個々それぞれの異なった意見を戦わせることが必要かもしれません。答えはきっと一つではないはずです。
岐阜県生まれ。小説家。『桐島、部活やめるってよ』で第22回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。『何者』で第148回直木賞、『世界地図の下書き』で第29回坪田譲治文学賞、『正欲』で第34回柴田錬三郎賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)(「BOOK」データベースより)
『正欲』傑作か、問題作か。今秋 映画公開予定です👇
稲垣吾郎さん&新垣結衣さん出演です。