~彼はなぜ、正答できたのか?知的興奮に満ちた超エンターテインメント小説~
こんにちはくまりすです。今回は直木賞作家・小川哲の『君のクイズ』をご紹介いたします。
story:
生放送のTV番組『Q-1グランプリ』決勝戦に出場したクイズプレーヤーの三島玲央は、対戦相手・本庄絆が、まだ一文字も問題が読まれぬうちに回答し正解し、優勝を果たすという不可解な事態をいぶかしむ。いったい彼はなぜ、正答できたのか? 真相を解明しようと彼について調べ始めるが…(出版より)
魔法
「問題」
ついに来た。一千万円。(中略)
問い読みが息を吸い、口を閉じる。
その瞬間だった。
パァン、という早押しボタンが点灯した音が聞こえた。自分が間違えてボタンを押してしまったのではないかと思い、慌てて手元のランプを確認したが、明かりは点いていなかった。僕はすぐに隣の本庄絆を見た。彼のランプが赤く光っていた。
僕は真っ先に「ああ、やっちまったな」と思った。本庄絆に同情した。まだ問題は一文字も読まれていない。一文字も読まれていないということは、この世界を構築するすべての事物の中からーつまり無限通りの選択肢からー答えをつまみあげないといけないということだ。
この問題で優勝者が決まる。まさに手に汗握る瞬間ですね。とても臨場感のある描写で、クライマックスかと思われるかもしれませんが、実はこのシーンはまだ序盤なのです。
この物語の主人公・三島玲央はクイズ番組の決勝戦で本庄絆と対戦中。これまで一進一退の攻防を繰り返し、白熱したバトルを展開。「ついに大詰めです。次の問題で優勝者が決定します」番組MCの言葉に出演者も観客もテレビの前の視聴者も固唾を吞んでその成り行きを見守ります。しかし結果は本庄絆のミスであっけない幕切れに。と、思われたのですが…。
「ママ.クリーニング小野寺よ」
本庄絆はそう口にした。
「え?」
僕は思わず声を出していた。極度の緊張で、本庄絆の頭がおかしくなってしまったのではないかと疑った。横を向いて本庄絆を見た。無表情のまま、まっすぐ前を見つめていた。テレビで何度も見たことのある表情だ。やるべきことをやって、あとは世界が自分に追いつくのを待っている表情。
もしかしてーと僕の心臓が高鳴る。解答に自信があるとでもいうのだろうか。
(中略)
「なんということでしょう!この時点で、勝者が決定しました。第一回『Qー1グランプリ』、栄えある初代王者は本庄絆です!」
僕はあっけにとられてステージの上手側で棒立ちしていた。
まさに「え?」ですよね。また、正解もちょっとふざけているような気がします。たまたま正解してしまったと言われても誰も信じないでしょう。優勝賞金一千万円がかかった対決、テレビショーだからといわれても納得はできません。しかし、逆に言えば、テレビ―ショーだからこそ、こんな幕切れは誰の得にもならないような気がします。一体何がどうなっているのでしょうか。三島があまりにも不憫でなりません。
論理
家路に向かうタクシーの中で、富塚さんは「で、実際にどう思った?」と聞いてきた。
(中略)
「最終問題まではやってるとは思いませんでした」と僕は答えた。富塚さんが、そして何より僕自身が求めている答えではないことを自覚しながら、それでも正直に答えた。
やってるとは「ヤラセをやっている」という意味だ。
どうやら最後の問題以外は三島にとっては満足のいく対戦だったようです。しかし、あのような結末では不満も言いたくなるはず。それなのに、客観的に考え、冷静さを失わないのはクイズプレイヤーのプライドなのでしょうか。それとも「ヤラセ」ではない可能性があるとでもいうのでしょうか。
A『ママ.クリーニング小野寺よ』
本庄絆が押さなかったとしても、どちらにせよ僕が押せる問題ではなかった。
その地域の限られた人しか分からないような問題。少なくとも最後まで問題を聞かないと答えられないのではないでしょうか。
三島は「ヤラセ」だったとしてもあのタイミングはおかしいと考えました。
どうして本庄絆はあんな押し方をしたのだろうか。
「これはヤラセなのか、それとも正解なのか」
「なぜ、本庄絆は問題を聞く前に正解できたのか」
三島はこの問いの答えを知るべく思考を重ねていきますが…。
感想
いや、凄い。思わず「なるほど!!」とうなってしまいました。それにしても、クイズってこんなに奥深かったのですね。
三枝の国盗りゲームやクイズダービー、なるほど!ザ・ワールド、平成教育委員会、マジカル頭脳パワー!!、クイズ!ヘキサゴンII…数え上げればキリがありませんが、その時代ごとに誰もが知る人気クイズ番組があります。私も楽しく観ていました。
最近はバラエティ要素豊かなクイズ番組も数多く、視聴者自身も一緒になって問題を解く楽しみや、新しい知識を得る喜びの他、白熱した対戦、出演者同士のコミカルなやり取りなど見どころも沢山。中でもどんな難問にも驚くような速さで正解を導き出すクイズのスーパープレイヤ―の存在は必須です。見るものを驚かせ、興奮させ、多くの人を魅了します。同時に、人並み外れたその技から超人的能力を感じ取り、特別な存在にも思えるでしょう。
物語は、そんなカリスマ性を備えた人物・本庄絆の驚くべき正解の謎に迫っています。もし、この問題が八百長ならクイズを愛する三島玲央にとって許されざることであり、目前で掴み損ねた一千万円の恨みも膨らむことでしょう。種も仕掛けもあると思われる結果ですが、三島はクイズプレイヤ―らしく論理的にこの出来事を整理していきます。
その過程での三島の思考の描写はクイズプレーヤの頭の中を覗き観ているようで面白い。クイズプレーヤ―は何を考え、どんな道筋で答えを導き出すのか。なぜ、あんなに早く正解に辿り着くことが出来るのか。
また、問題に隠された仕掛けであったり、プレイヤーの駆け引きや心理であったり、論理的な知識の構築であったり。クイズの奥深さとその裏に隠された彼らの想いも見えてきます。
ロジカルシンキングで展開される謎解きは全くスキがなく鮮やか。
楽しみながら「思考力」も鍛えられるミステリーです。
1986年千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。2015年に第3回ハヤカワSFコンテスト“大賞”を『ユートロニカのこちら側』で受賞し、デビュー。2017年に発表した第2長篇である『ゲームの王国』(以上ハヤカワ文庫JA)が第39回吉川英治文学新人賞最終候補となり、その後、第38回日本SF大賞と第31回山本周五郎賞を受賞する。(「BOOK」データーベースより)
関連書籍
直木賞受賞作品:『地図と拳』小川哲
伊沢拓司『クイズ思考の解体』:(『君のクイズ』の参考文献)
「マジックからロジックへ」クイズに懸ける想い。著者の小川哲がクイズに関心を持ち始めるきっかけになった書籍。